横幹連合ニュースレター
No.042 Aug 2015

<<目次>> 

>■巻頭メッセージ■
生物工学・生命科学分野における横幹的アプローチの重要性と期待
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青柳 秀紀 横幹連合理事
筑波大学 生命環境系 教授
■活動紹介■
●第44回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
総会特別講演「合意形成の条件 - 社会学の立場から」
■イベント紹介■
◆第6回横幹連合コンファレンス

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.042 Aug 2015

◆活動紹介


【活動紹介】  第44回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「ロボット活用社会の新潮流」
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第44回横幹技術フォーラム

総合テーマ:「ロボット活用社会の新潮流」
【企画趣旨】 ロボット大国日本では、ことあるごとにロボットが様々な分野で注目され、数多くの期待が寄せられてきた。しかし、今回の注目度はこれまでにない大掛かりなものに見える。2014年9月に、安倍首相の「ロボット革命実現会議」がスタートし、政府からトップダウンの形で、かつてない規模でのロボット導入計画が始まろうとしている。
  ロボット大国日本では、ことあるごとにロボットが様々な分野で注目され、数多くの期待が寄せられてきた。しかし、今回の注目度はこれまでにない大掛かりなものに見える。2014年9月に、安倍首相の「ロボット革命実現会議」がスタートし、政府からトップダウンの形で、かつてない規模でのロボット導入計画が始まろうとしている。
  今回のフォーラムでは、この白書をまとめた NEDOのロボット戦略を始め、新しいロボットコンセプトの実例やアクションプランの代表的なトピックなどを紹介する。

日時: 2015年2月5日
会場: 日本大学経済学部7号館
主催: 横幹技術協議会、横幹連合

◆総合司会 平井成興(産業技術総合研究所 知能システム研究部門部門長)
◆開会あいさつ 桑原洋(横幹技術協議会会長)

◆講演1「ロボット分野における NEDOの取り組みについて」
 竹之内修 (NEDO)
◆講演2「病院まるごとロボット」~ロボット革命へのチャレンジと、その実際~
 北野幸彦(パナソニック)
◆講演3「コボットが拓く人間・ロボット共存の新時代」
 佐藤知正(東京大学 特任教授)
◆講演4「インターネットとロボットが融合した IoT研究開発とグローバル・イノベーション創出戦略」
 萩田紀博(株式会社国際電気通信基礎技術研究所 ATR 取締役)
◆パネルディスカッション

◆閉会あいさつ 出口光一郎(横幹連合 会長)

(敬称略)

プログラム詳細のページは こちら

【活動紹介】

  2015年2月5日、日本大学経済学部 7号館において、第44回横幹技術フォーラム「ロボット活用社会の新潮流」が開催された。
  愛知万博のロボット展示が話題になってロボットブームが過熱したのは、2005年のことである。しかし、福島第一原発の事故の際の、日本原子力研究開発機構(旧原研)の災害対策用ロボットの対応不備がメディアで大きく報じられたこと(後述する)などから、ブームは急速にさめていった。そして、いくらロボットが高性能でも高コストなので売れない、という壁にもぶつかり、ロボットには「成果が出ていない」と評される期間が長く続いてきた。「開会あいさつ」で、桑原洋氏(横幹技術協議会会長)は、我が国のそうした状況を「経団連(日本経済団体連合会)には(残念なことに)ロボット部会が無いのです」という言葉で、端的に表現した。ロボット開発は優秀な人材や投資を必要とする開発分野だが、現状ではリターン(売上げ)が少ないため、桑原氏の説明によれば「大企業では少なくとも、年間200億円以上売れなければ、商品開発を維持できない」という。それが直接の理由で、日立、東芝、そして、三菱重工も開発を止めてしまったそうだ。大変に残念な話である。
  このようにして日本のロボット開発が停滞している間に、米国では自動運転自動車の公道での走行実験が始まり、通販ビジネスでは飛行ロボットが(利用者のピクニックの場所など)任意の場所への運送に活用される、などの社会実装の動きが出てきている(注1)。日本のロボット開発の勢いは、どこに消えてしまったのだろう。
  ところが、一方で、依然として日本は、国際的に見て、トップレベルのロボット技術の保有国なのである(注2)。現在の日本が抱える、いくつもの分野の大きな課題、少子高齢化・労働力の減少、アジア諸国の台頭を背景とした国際競争の激化、地震など大規模災害に対する不安などの諸問題についても、日本のトップレベルのロボット技術を活用して解決に至ることが期待されている。(注3)

(注1)竹之内修氏 (NEDO) の「講演1」のプレゼン資料 9枚目を参照。
(注2)日本のロボット市場規模は、現在、NEDO などの推定値で 1.6兆円とされている。産業用ロボットの分野を見てみれば、世界の出荷金額の、シェアの約半分を日本製が占めているのだから、日本は明らかに、トップレベルの技術を有する「ロボット大国」であるのだという。それがあまり注目されなくなってきた理由は、NEDOの資料などによれば、産業用ロボットの出荷台数は 2倍以上に増えているものの、量産効果や外国との競争で製品価格が半分以下になっているため、売上げ額としては横ばいが長く続いており、株式市場などで「成長産業」と見なされなくなっているためだという。
(注3)平井成興氏、NEDO「戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト」の「事業・プロジェクト概要」より引用。


  そうした中で、昨年5月にパリで行なわれた OECD閣僚理事会において、安倍首相は「ロボット革命を起こす」と世界に向けて宣言した(注4)。これは、桑原氏ら産業界からの熱い要請が、ようやく行政を動かした結果でもあるそうなのだが、ともあれ、本年1月23日には、そのアクションプランである「ロボット新戦略」が、安倍首相によって発表されている(注5)。この新戦略では、今後、日本発のロボット革命を実現することで、国内のロボットの市場規模を、2020年までに、製造用分野で現在の 2倍(6千億円から1.2兆円)、サービス産業など非製造分野では 20倍(6百億円から1.2兆円)にする方針が示されているという。また、「ロボット新戦略」では、2020年のオリンピックに合わせて、ロボットオリンピック(仮称)の開催が発表された。医療や農業、サービス業などの様々な分野で課題を解決するロボットを競わせて、その有用性の検証を兼ねるそうだ。

(注4)「サービス部門の生産性の低さは、世界共通の課題です。ロボット技術のさらなる進歩と普及は、こうした課題を一挙に解決する、大きな切り札、となるはずです。モノづくりの現場でも、ロボットは、製造ラインの生産性を劇的に引き上げる可能性を秘めています。ロボットによる『新たな産業革命』を起こす。そのためのマスタープランを早急に作り、成長戦略に盛り込んでまいります。」(OECD閣僚理事会、安倍内閣総理大臣基調演説より)
(注5)これらの動きに続いて、2015年6月の「産業競争力会議(議長、安倍首相)」においても、成長戦略「日本再興戦略」の中に「ロボット新戦略」の推進が織り込まれた。安倍首相は「新たなステージで IT投資や人的資本への投資によって我が国の生産性を抜本的に高める」「イノベーションによって社会的課題と経済成長を同時に克服して、我が国が先進モデルになりたい」と強調した。この戦略では(日本の強みである)自動走行やエネルギー、ロボット技術などを生かして、2020年に向けて、日本全体を最先端技術の「ショーケース」に変えることが強調されている。


  それでは、最近のロボットの「研究開発」の領域で、これまでの研究開発と比較して「違ってきている」のはどこなのだろう。司会の平井成興氏(産業技術総合研究所 知能システム研究部門部門長)の問いに答える形で、今回の技術フォーラムでは、次の 4人の第一線の方々が講演した。

 「講演1」では、昨年7月に世界初の「ロボット白書」を発表した NEDOの竹之内修氏( NEDO ロボット・機械システム主任研究員 )から、「ロボット分野における NEDOの取り組み」が紹介された。
 「講演2」では、2013年に「第5回ロボット大賞」を受賞した「病院内自律搬送ロボット」の概要が、パナソニックの北野幸彦氏から報告された。
 「講演3」では、NEDO「ロボット白書」のワーキング長を務めた佐藤知正氏(東京大学特任教授)による「コボットが拓く人間・ロボット共存の新時代」という講演が行なわれた。
 「講演4」では、ATR=株式会社国際電気通信基礎技術研究所 取締役の萩田紀博氏による「インターネットとロボットが融合した IoT研究開発とグローバル・イノベーション創出戦略」と題する講演が行なわれた。

  さて、産業用ロボットや介護ロボットというあまり一般に公開されていない領域では、従来からの活発な研究開発が行なわれていると聞くが、新しい安倍首相の「ロボット新戦略」などで成功の大きな可能性を期待されているのが「社会実装」領域、つまり、サービス産業(バックヤード)分野のロボット化と生活支援ロボットによるソリューションである。一般には気付かれていないようだが、今の日常では、旅館の「のれん一枚」を隔てたところでサービスロボットが活躍しており、病院では、人間に交じって薬などを運搬するロボットが忙しく立ち働いている。「講演1、2」では、竹之内氏と北野氏から、石川県和倉温泉の老舗旅館「加賀屋」と大阪府守口市の「松下記念病院」のサービスロボットの運用が紹介された。
  先ず、竹之内氏が紹介した「加賀屋」について少し説明すると、ここは「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で毎年一位に選ばれる老舗旅館で、246室、従業員650人、年間宿泊者数22万人という規模の施設である。昔ながらの「おもてなし」をしているので、各客室で食事を提供して、食後にそこに布団を敷く。料理は会席料理で、宿泊客の食べるペースにあわせて出してゆく。このため、客室係が厨房まで、毎回料理を取りに行っていたそうだ。ここでは、1989年の新棟の拡張にあわせて、食事の「自動搬送システム」を導入したという。これは、1カ所にある加賀屋の厨房から各フロアへと料理を運搬するロボットである。1分間90メートル。最大1500食を搬送でき、30人の労力を 7人分に軽減したそうだ。この結果、客室係が「おもてなし」に専念できる時間は、40分増えたという。サービスロボットの見事な活用事例である。
  また、北野氏が紹介した「松下記念病院」では、次のような経緯でロボットの導入が決まったという。この病院では、電子カルテの導入によって、それまで使用されていた気送管や、バーチカルコンベアの稼働率が、急激に減ったという。しかし、薬や検体の搬送があるので、これらを無くしてしまうことができない。しかも、保守費用が、年間1600万円も掛かっていた。また、天井裏でトラブルが起きれば、リカバリに時間が掛かるという欠点もあった。そして、そもそも老朽化していたのだから、取り換えたいという要望が以前からあったのではあるが、更新費用が8000万円も掛かる。既にカルテが電子化されている現状では、更新したとしてもコンベアの稼働率は低い。どうしよう?、となったときに、北野氏が手を挙げて、ロボットの導入を提案したのだという。
  そこで先ず、北野氏は、ドラッカー氏の有名な経営書を読んで「われわれの顧客は誰か?」を考え、病院にとって必要なことを「まるごと実装」することに決めたのだという。看護師たちは「ロボットが欲しいのじゃない。完全な実装が欲しいのです」と北野氏は強調した。その結果、この病院では、病院内自律搬送ロボット HOSPI 5台が、24時間稼働することに決まった。ロボットたちは、エレベータにも自分で乗り、ID認証のいるドアも通過して、病室と薬剤部などの臨時搬送の ほぼ100%を担当し、確実に、時間通りの搬送を行なっているのだという。しかも、導入の費用は、コンベアの2分の1以下。維持費は、5分の1に軽減されたそうだ。今では、「助かる」「頼れる」と、看護師たちにとって、HOSPIは、なくてはならないものになっているそうだ。もちろん、人にぶつかるとか、壁や階段を見誤って転倒し、検体を壊すとかがあってはならないので、壁と自分の位置を常に実測して正しく保ち、ロボットの頭脳に「自動生成した正確な地図」を持たせる技術開発などが行なわれたという。
  そして、「まるごと実装」を実現するために、看護師たちの要望を、すべて聞き、例えば「夜間の稼働中に、無灯火運転では、出会った人が気持ちが悪いので、明かりをつけて欲しい」「どのロボットの調子が悪いのか、すぐに分かるように、一台一台、色を変えて欲しい」などの要望にも、すべて対応したそうだ。
  実は、北野氏は「病院の事情を、まるごと理解」するため、病院内の経営の実情もかなり詳しく研究されている。病院では、入院患者数よりケアする人の数が実は多く、そこがホテルなどとは違っている所だという。また、経営の観点からは、中堅病院では経営の安定のために人件費を削減したいところだが、看護師一人あたりの受け持つ患者数が一人増えると、死亡率が7%増えるという統計もあるそうだ。(看護師一人あたりの患者数 4人→5人の場合。)サービス産業としては生産性が低く、医療費を抑制しないと財政破たんするという問題もある一方で、より良い治療や看護を行なって多くの命を助けたい、そのためには、看護師さんの数は多い方が良い、とする現場の要請もあって、そこには超難題のジレンマがあるのだという。ともあれ、大変にきつい仕事である看護師や、薬剤師、検査技師の方々から、「頼れる」「本来の業務に集中できる」「病院が変わった」「技術屋さん、すごい!」と、大変な好評価を受けたことを、北野氏は少し誇らしげに語った。また、収支の改善と医療の改善を同時に実現できたことを、北野氏は強調した。更に、北野氏は、「それぞれの分野の、プロフェッショナルへの敬意を忘れることなく、温かい人の心と手が必要な労働・サービスは『人』、そうでない労働・サービスは『ロボット』と、分けることが望ましい」と結論付けた。(この結論には、加賀屋のサービスロボットの導入に共通する精神が感じられる。)
  なお、病院内自律搬送ロボットは、国内で活発に実証実験などを行なっているそうだが、海外では、(国際競争入札による)シンガポールへの導入が既に決まっており、東南アジア、中東からも強い引き合いがあるという。日本のロボットの「おもてなし」の力、つまり、すみずみまで気を利かし、手抜きをしないという「日本の強み」には国際競争力があるので、海外市場には手ごたえを感じている、と北野氏は述べた。「もしかすると病院のロボット革命は、海外が先行するかも知れません」と、大変気になる一言を残して、北野氏は講演を終えた。

  ここで、少し話題を前に戻して、「講演1」の「ロボット分野における NEDOの取り組み」について補足しておきたい。「ロボット新戦略」では、特にサービス産業分野のロボット化に期待が大きいことを最初に述べた。サービス産業などの非製造分野のロボット市場は現在 6百億円だが、これを「2020年までに 20倍にする」という文章もあった。それで、ロボット開発に勢いをつけるために、2015年度の予算(新規要求事項)として、経産省だけでも 60億円の支出が決まっているという(注6)。NEDOでは「次世代ロボット中核技術開発」(10億円)などを担当する(注7)のだが、こうした、かなり社会実装のリスクが高い研究開発計画の基礎研究を NEDOが実施すると決めた理由は、おそらく、実例として「加賀屋」や「病院内自律搬送ロボット」、そして(次に述べる)福祉用の「ロボットスーツ HAL」の成功などがあったから、成果が挙げられると判断したためではないだろうか。
  更に、「技術で勝ってビジネスでも負けない」ために、NEDOではロボット技術の国際標準化に積極的に取り組んでいるそうだ。例えば、NEDOと経産省は「生活支援ロボット実用化プロジェクト」での成果を基に、ISO(国際標準化機構)に、世界で初めての「生活支援ロボットの安全性に関する国際規格」を提案して採用されている。そして、2013年2月には、(NEDOの「生活支援ロボット実用化プロジェクト」の成果として開発された)サイバーダイン社の「ロボットスーツHAL 福祉用」が、日本品質保証機構(JQA)から「生活支援ロボットの安全性に関する国際規格」ISO 13482 に基づく認証を、初めて受けたことが報じられた。安全性に関する国際規格の認証を受けたことで、海外における販売にも、はずみがつくことだろう。特に、サービス産業分野やフィールドロボットの社会実装、そして国際的なビジネス展開のためには、安全検証・標準化・認証ビジネスを絡めた総合的な開発戦略が重要であることを強調して、竹之内氏は講演を終えた。

(注6)「ロボット関連の平成27年度予算概算要求について」の全体については、官邸ホームページ「ロボット革命実現会議」資料を参照のこと。
(注7)竹之内氏の「講演1」のプレゼン資料 34枚目を参照。


  「講演3」では、佐藤知正氏(東京大学特任教授)から「ロボットの社会実装指向研究の動向」が紹介され、あるべきライフスタイルの提示による「生活とサービス領域の(選定された)ロボット化」、「生産現場のトータル分析」、「ロボットハードウェアプラットフォーム」、オープンソフトの供給による「中小規模工場のロボット化推進」などのトピックが述べられた。しかし、何と言っても佐藤氏の大きな業績は世界初の「ロボット白書」をまとめたことで、同書には、ロボット化推進の課題や将来像が幅広く紹介されている。少なくとも、その概要版だけでも、読者の全員にお読み頂きたいと願っている。
  次は、2014「ロボット白書」の概要である。

  第1章には、ロボットの基本的なことがらの解説。
  第2章には、ロボット利用の意義、必要性、取り巻く環境について、多くの視点からまとめられている。
  第3章には、日本の製造業の変化と製造業用ロボットの発展形態、現在のロボット産業の課題分析と将来への期待。
  第4章には、生活とサービス領域のロボット化事業について、その具体例が述べられている。
  第5章には、フィールドロボットの、経済性向上・危険回避・新社会創造に焦点を当てて、多分野に思考展開できる配慮がされている。
  第6章には、将来のあるべき未来像と、それに必要な技術が掲載されている。

  また、佐藤氏はこれに関連して、オバマ大統領が 2011年に発表した「モノつくり回帰」政策と、「国家ロボットイニシアティブ」について言及した。5億ドルを投じて、産学官の連携を促し、特に、「国防にとってクリティカルな製品を国内で生産する能力の確立」に注力するのだという。( JETRO資料 の 16頁を参照。)

  さて、「講演4」では、萩田紀博氏(ATR取締役)が、「インターネットとロボットが融合した IoT研究開発とグローバル・イノベーション創出戦略」と題する講演を行なった。ATR(株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)では、これまで数多くのネットワーク通信に関する実証実験を行なってきたそうなのだが、講演の最初に、その一つである「車いすロボットが高齢者・障害者の買い物や回遊を支援する」システム(2007-2013年)が紹介された。
  このシステムでは、① 利用者が、先ず携帯端末でロボットと一緒に買い物メモをつくり、② (介護タクシーなどで)ショッピングセンターまで出向くと、③ 利用者の到着が自動的に感知されて、利用者を手助けする「車いすロボット」がお出迎えしてくれる。④ そして、買い物メモを元に、ロボットとお買い得情報などについて会話しながら、ショッピングセンターを回遊して買い物を行なう。ショッピングセンターを回遊するのと、店舗内の買い物支援をするのは(システム上は)別のロボットなのだが、車いすロボットを共通のインタフェースとして、利用者がスイッチを切り替えて使用する。(そしてまた、利用者の認証が出来ているので、店舗への再来店の場合は「顔見知り客」として接客される。)⑤ また、 ショッピングセンターの回遊などでは、遠隔オペレータによる「遠隔見守り」を行なったという。つまり、自宅から店舗内までを切れ目なくサポートする社会実装の実証実験であった(注8)。
  それでは、どうしてこうしたロボット技術が必要とされるのだろうか。それを、萩田氏は「I have the right.」という印象的な言葉で述べた。全米退職者協会が1985年に発行した「Caregiving: Helping an Aging Loved One(介護:老いゆく家族への支援)」と題する本には、(被介護者ではなく)介護する側の家族にとっての「権利章典」9項目が挙げられているという。曰く、「私は、次のような権利を持っている: 私は、自分自身に対して気遣う(世話する)権利を持っている。私は、私自身を気遣うことができる場合に限って、家族(被介護者)を同じように世話することができるの。私は、わがままを言うつもりは無いけれど、私が健康で幸せであることは(被介護者にとっても)重要な事なのだ。また、私は、自分の至らなさを許容できる。そして、八方美人ではいられないことも良く知っている。私が、介護を手助けしてくれる人を探す、という行為は、『手抜き』を意味してはいない。それは単に、私が『すべてのことを、ひとりでできる筈がない』というだけの事なのだから・・・」(以下略)。言葉を変えると、日本の要介護者のいる家族の中では、当たり前のように、子供が親の介護のために会社を辞めたり、介護者が無理をして腰痛になったり、介護者のほうが病気に罹って死んでしまうような事が普通に起きているのだが、「介護する側が健康で幸せであることは(被介護者にとっても)重要な事だ」と欧米では認識されているというのである(注9)。それ故に、介護者が自由に過ごせて、息抜きできる時間を少しでも長く作ってあげられるように、被介護者が自分一人だけで「車いすロボット」に助けられて買い物に出かけられる手段があることや、24時間のロボットによる見守りサービスが受けられることは、とても需要なことなのだ、と萩田氏は述べた。大変に傾聴すべき意見で、在宅介護を経験された方は、その重要性がすぐに理解できることだろう。
  そして、このことを市民の多くが理解してくれることで、例えば、50万円かかるロボットによる介護サービスを、被介護者の家族が10万円、市の補助金から40万円といった負担で、安価にサービスが受けられるようになるだろう、と付け加えた。

(注8)総務省「ライフサポート型ロボット技術に関する研究開発」(2009-12年度)
(注9)萩田氏の「講演4」のプレゼン資料 9枚目を参照。


  そして、萩田氏は、こうした実証実験を通して、ロボットが究極のヒューマンインタフェースである事も分かった、と述べた。被介護者のお年寄りたちは、実際に人に接し、話しかけるのと全く同じ感覚で、ロボットと交流していたのだという。そして、(従来のロボット実証実験では、いま、ここで実験に使ったロボットは、別の場所に動かした途端に、働くことができなくなってしまうのだが、)ユビキタスな(どこでも利用できる)ネットワーク環境下で、共通したロボットプラットフォームに基づいてロボットを開発しておきさえすれば、利用者の属性(高齢健常者か、杖を使用しているか・・・など)に合わせた「生活支援ロボットサービス」を、どんな場所でも利用者が自由に「選べる」と言うのだ。そして、そのプラットフォーム上では、(ちょうど、スマホがそうであるように)シームレスに、自分の部屋から街の中まで、切れ目なく生活支援サービスが利用できて、街の中では、遠隔オペレータによる「遠隔見守りサービス」を受けることなども可能になるだろう、と萩田氏は述べた(注10)。こうした、ユビキタスネットワーク上で稼働するような生活支援ロボットの仕様を固めるために、萩田氏は、介護福祉士の方などに、うめきた「グランフロント大阪」タワーC 7階の「大阪イノベーションハブ」まで来て頂いて、聞き取りを進めているという。

(注10)萩田氏の「講演4」のプレゼン資料 31枚目を参照。

  ところで、従来は主に PCやプリンタなどの IT関連機器が接続されていたインターネットに、今では、それ以外の様々な「モノ」(テレビやデジタルカメラなど)が接続できる。その技術については、Internet of Things 「IoT」(モノのインターネット)と呼ばれている。さて、最近の存在感のあるロボットメディア(例えば、「花のワルツ」を踊る♪カップヌードルロボタイマー=日清食品の2013年の景品、など)は、やがてインターネットに接続されて、高齢者の良い話し相手になるのではないか。萩田氏は、そんな「不思議の国のアリス」のようなロボットの未来を語り始めた。
  そうした環境に適したロボット開発においては、従来型の政府の開発予算や、トップダウンでのプロジェクトによる開発ではなくて、「モノを作りたい人が、クラウドファンディング(ネット出資など)で資金を集め、別の作りたい人と協力して、オープンソースの開発環境でソフトを作る」という形が、一番効率良く、良いものが作られるという場合もあるのではないか、と氏は述べた。「大阪イノベーションハブ」を始め、全世界で行なわれている「ハッカソン」などの自主的なプログラムソフト開発のイベントが、今後のロボット開発でも大変に重要になるだろう、と萩田氏は指摘した。「3Dプリンタの普及などがあって、以前は『論文を書く』ところから研究が始まったが、今の20代30代は、とりあえず、ものを作ってしまうところから研究を始めている。彼らは『ハッカソン』などのイベントに参加することで、初めて自分の実力の低さや、論文を書く必要性に気が付くのだが、この人たちを上手に導いてゆく方法が、まだ見つかっていない」と氏は述べた。ちなみに、ハッカソンのような「好きな若者が集まって好きなソフトを組む」という開発姿勢に関連して、「閉会あいさつ」の出口光一郎会長は、「出口研でもロボット関連の研究をやった経験があるので、若手技術者に期待するところは大きいのだが、最近の若い研究者は、楽しくなければ研究じゃない、とばかりに、自分の研究が、社会実装実験などの根気のいる楽しくない作業になったとたんに手を引く傾向がある(苦笑)」と苦言を呈した。また、出口会長は、「そのロボット研究は、社会実装して本当に役に立つのか」といった判断を、個々の若手の研究者に押し付けている現状には大きな問題があるので、そうした問題にこそ、心理学、社会学などの他分野を糾合した横幹的な研究が行なわれるべきだ、とコメントを述べた。

  さて、講演の最後のパネルディスカッションで、萩田氏は次のような大変に重要な指摘を行なっている。「『ロボット新戦略』の中では、国レベルで中長期的に研究するべきもの、大企業、中小企業、個人レベルで開発するべきものの『切り分け』が、まだ行なわれていない。一例だが、富士山が火山学者の言う通り噴火して、東京に火山灰が数センチ振り積もった場合の自律お掃除フィールドロボットを使った都市の復興プランなどは、国レベルの対策となるだろう、と述べた。そして、災害対策やフィールドロボット以外の、(少子化・高齢化の対策としても効果的な)「生活支援ロボット」の社会実装技術に関しても、国、大企業、中小企業、個人の夫々で、開発できる内容に違いがあるはずで、違いが生じるのであれば、最初から開発内容を『切り分けておく』ことで開発が促進されて、それらの成果を大小組み合わせることで便利な組み合わせを作ることなどもできるだろう、と指摘した。そして、そのパッケージのままで海外に販売して行く工夫をすれば、今後、サービス産業分野の社会実装ロボットが輸出された場合の日本が得られる利益は計り知れないだろう、と述べた。(事務局保管の「第44回技術フォーラム録音」forum44-F3 01:26:05を参照。)しかし、大変に残念ながら、この話は、それ以上の展開を見ることが無かった(注11)。そして、ロボットが故障した場合の責任の所在、つまり、PL(製造物責任)の話題などが語られて、今回の大変に内容の充実した技術フォーラムは終了した。

(注11) ここで、萩田氏は、(A) 災害復興フィールドロボットと、(B) 製品とサービスのパッケージ化された「システム」を海外に展開して日本製品に輸出競争力をつけるにはどうすれば良いか、という二つのことに言及されている。先ず、(B) 「システム」のパッケージの販売から日本が得られる利益は計り知れない、という話題がその後、展開されなかった事が、なぜ「残念だった」のか、その理由から指摘しておきたい。それは、横幹技術フォーラムそのものが、これまで一貫して、製品とサービスのパッケージ化された「システム」を海外に展開して日本製品に輸出競争力をつけるにはどうすれば良いか、というテーマを、その講演の通奏低音にしていたためである。今回の講演の中では「病院内自律搬送ロボット」の(ロボットとサービスを組み合わせた「システム」としての)シンガポールの病院への輸出が、そのものズバリの話題であった。
  また、今回の技術フォーラムでは、おそらく他領域での開発事例だと意識されて、話題に上らなかったようなのだが、ソフトバンクの自社開発によるヒト型ロボット「ペッパー」は、携帯電話のネットワークを活用した対話「サービス」を利用者に提供しているので、システムとしては、萩田氏が紹介された「ユビキタスなネットワーク環境下の生活支援ロボットサービス」の実例である。小型のペッパーができれば、おしゃべりをしながら利用者の買い物に同伴したり、街中での高齢者の見守りサービスなどに活用されることだろう。事のついでに指摘しておくと、昨年5月のOECD閣僚理事会で、安倍首相は「ロボット革命」を世界に宣言したが、その1か月後(6月5日)にペッパーの開発が発表されている。おそらく、ペッパーの発表記者会見が大騒ぎになった事を知って、安倍首相は、自らのロボットについての発言に自信を持ち、その推進を決意したのではないだろうか。ペッパーは、本年6月20日の10時から専用サイトで予約を受け付け、初回販売分 1千台が 1分で完売したという。こうした報道が、どれほど日本のロボット産業全体を力づけているか、その影響は計り知れない。ちなみに、日本テレビ制作のバラエティ番組「マツコとマツコ」では、大阪大学 石黒浩教授が開発したアンドロイド「マツコロイド」(電通の所有)がマツコ・デラックスと対談しているが、視聴率は、深夜には驚異的な10%を堅持している。昨年の年末にスタートしたこの番組の好視聴率も、そしてまた、安倍内閣の1月の「ロボット新戦略」も、ペッパーが大きな国民的な話題になったこと(自分の隣にロボットのいる日常が現実になったこと)を抜きにして語ることはできないだろう。更に、マツコロイドは、2015年6月に「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」(旧称、カンヌ広告祭)にデモ展示されて、そのブロンズ賞を獲得している。そして、フランスのテレビで詳しく報道された事から、日本製アンドロイドのフランスでの認知度が、かなり上がっているそうだ。日本製ロボットによる「システム」が海外進出して行くための下地は、こうした思いもよらないところから作られて行くのだろう。
  そして、(A) 萩田氏の発言をきっかけにして、「災害復興フィールドロボット」についての話題が展開されなかったことも、大変に残念だった。フィールドロボットについては、その他の講師も全員がプレゼン資料 にその項目を載せており、解説の用意があったと思われる。例えば、竹之内氏は「講演1」のプレゼン資料 9枚目に、「東日本大震災で我が国のロボットが活躍できなかったこと」を不本意な事例として載せているのだが、昨年ペッパーが発表されるまで、ある意味でロボット業界全体の「足を引っ張っていた」のが、この出来事だった。
  その顛末はこうだ。① 福島第一原発で大事故が起こり、政府の要請を受けて、原発の事故を想定して開発されたロボットの災害現場への投入が検討された。先ず、文科省の原子力防災モニタリングロボットが検討されたのだが、がれきの上の走行を想定しておらず、役に立たなかったという。② 更に、日本原子力研究所(原研)が 2001年に完成させた原子力防災ロボット4機種 5台についても、廃棄されたり、保守管理をせずに倉庫に放置されて、4台が使えなくなっていると報じられた。4機種 5台の内訳は、(a) 初期情報収集用 RESQ-A 2台、(b) 詳細情報収集用 RESQ-B 1台、(c) 汚染された気体や液体を採取する試料等収集用 RESQ 1台、(d) 放射線レベルが高い現場でも作業可能な放射線耐震性 RaBOT 1台。開発費は、RESQ 4台が計約6億円、RaBOTが 4億円だったという。しかし、旧科学技術庁の予算で開発されたこれらのロボットには、その後、保守管理の政府予算が付かなかったために、例えば、RaBOTの場合、重さ15キロの物を運べる 2本のアームや無限軌道走行能力、10万グレイまでの放射線に耐える性能を誇っていたと言われているが、福井市、敦賀市などで展示品として飾られた後、2010年9月に廃棄されたという。RESQ 1台が、かろうじて動かせる状態だったが、ロボットに積載された半導体の誤作動の可能性や、ロボット自体が重すぎて構内の仮設電源ケーブルを切断してしまう恐れがあったため、使用に至らなかったそうだ。結局、米国の戦場用ロボットを借用して、2011年4月17日から、3号機建屋内の放射線量や温度を測る作業が開始されたと報じられた。この時、新聞・テレビを通して、「これは、日本のロボットの技術力の弱点である」という誤解に満ちた見解が報じられている(例えば、N工業新聞など)。実際には、 原研のロボットの保守管理が悪かった、という事に尽きるだろう。日本のフィールドロボット業界にとって、損害賠償ものの報道であった。③ その後、福島第一では、日本の大学などが開発した災害対策用ロボットが、いくつか試験的に稼働しているのだが、大きくはメディアに報じられていない。こうして、「日本のロボットは、いざと言うときに役に立たない」という思い込みが日本全体を厚く包み、例えば、全国の病院では、ここ数年で相当数の搬送用コンベアがリプレースされ続けていたと思われるが、北野氏一人が試みるまでは、ロボットで代替させようという発想を、誰も思い付かない状況が続いていたようなのだ。
  フィールドロボットの分野では、例えば、世界中のコマツのパワーショベルで、「稼働状況や故障がリアルタイムで24時間遠隔モニタ監視できる」「盗難にあった場合は、ロックを掛けて稼働不能にできる」などのサービスを含めた「システム」としての販売が行なわれており、世界の工事現場で歓迎されているという(コマツのホームページを参照)。「稼働状況を見れば、各地の景気動向が推測できる」という「おまけ」もあるようだが、こうしたフィールドロボットの実績については、もっと国民レベルでの周知喧伝が必要なのではないだろうか。また、例えば、国交省のロボットが、トンネルの崩落現場の調査など、社会インフラの安全性の検証に従事しようとしているそうだ。サービスロボットは、確かに市場の20倍の拡大が期待されているのだが、フィールドロボットなどの領域にも、注目しておきたい。そうした意味からも、2014年「ロボット白書」の概要版にできるだけ多くの方が目を通して、ロボットに関する意識をアップデートして頂ければと願っている。


(本文と注釈:文責編集室)



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