横幹連合ニュースレター
No.015, Oct. 2008

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
知の統合学をめざして
舘 ワ 横幹連合副会長
東京大学

■活動紹介■
【特別転載】
●横幹型基幹(横幹)科学技術とは何か
(会誌「横幹」Vol.1 No.1掲載論説)

■参加学会の横顔■
●日本デザイン学会

■イベント紹介■
●第2回横幹連合シンポジウム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター

No.015 Oct. 2008

◆参加学会の横顔

毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本デザイン学会をご紹介します。
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日本デザイン学会

ホームページ: http://www.jssd.jp/

会長 青木弘行

(千葉大学 教授)

  【モノからコトまでの創造性を科学する】

 日本デザイン学会は、1954年の設立以来、「会員相互の協力によってデザインに関する学術的研究の進歩発展に寄与する」ことを目的として活動を行っている日本学術会議登録・認定の学術団体です。
 今日の多様なデザイン課題に対応し、International Association of Societies of Design Research(IASDR)/Asian Society for the Science of Design(ASSD)の中核学会として、国際学会の運営に参画し、国際的な学術連携を推進。また、国内において研究発表大会、企画大会(シンポジュウムなど)を毎年開催するとともに、特定のデザイン課題に対する会員相互の研究交流を促進する研究部会活動などを積極的に進め、こうした成果を学会誌「デザイン学研究」(論文集・特集号・作品集)などの出版物を通じて広く国内外に発表し、デザインを基軸に社会と文化の健全な発展に寄与することに努めています。

 この学会について、会長の青木弘行先生にお話を伺いました。

Q 春季大会、秋季企画大会、国際会議と、非常に精力的な活動を行っておられます。また、大会の発表、概要の抄録などを拝見しても、非常にはば広い範囲の発表があり、横幹的な活動を行っておられるように感じられました。貴学会の特色を、お聞かせ願えますでしょうか。
青木会長 これは、日本の工業デザインの歴史では有名な出来事ですが、1951年にアメリカ視察から帰国した松下幸之助氏は、羽田空港で「これからは、デザインや」と興奮気味に話されたそうです。氏は、松下電器の全製品にデザイナーの手が加わることを望まれて、千葉大学工業部意匠学科から眞野善一氏を招いて「宣伝部意匠課」(55年に意匠部)を設立します。眞野氏はラジオのデザインに桂離宮の意匠を取り込むなどされて、製品をヒットさせました。このような経緯もあって、日本では、自社製品のデザインをインハウスのデザイン部門が行うようになりました。一方、海外では、独立した「デザイン事務所」が多くの企業に依頼されてデザインすることが一般的です。
 ともあれ、こうした松下電器の動きから、亀倉雄策さんたちの日本宣伝美術会(JAAC)が51年に、そして、日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)が52年に設立されました。ところで、職能としてのデザインが成立するためには、その理論的体系がしっかりと確立している必要があります。これは、例えてみれば、医術と医学に相当する関係と言えば分かりやすいでしょうか。そうした社会的背景から、日本デザイン学会が54年に設立されました。
 JAACやJIDAは、職能としてのデザインや工業デザインが成立してゆく流れをつくってきましたが、日本デザイン学会は学問体系の確立を志向して設立されたので、現在の学会の会員構成を見ても、約2300名の会員のおよそ7割が教育機関の先生方です。そして、設立当初から「文理融合」が志向されています。
 「文理融合」については、千葉大学では「異花受粉」「クロスファータライゼーション」と呼んでいます。植物が違う個体の花粉で受精して、環境変化に強い種ができる可能性が高まることを指していますが、異なる分野の叡智を融合して高い創造性につなげることを目指しています。

 ところで、「デザイン」は一般にはモノの形や色を扱う形状創造行為と理解されています。「もなかの皮」に例えれば分かりやすいですが、広義には、新しい科学技術の成果を具体化してゆくときに美しさを含めて人間の生活を豊かにしようとする「価値の創造行為」です。そう定義するとその範囲は、非常にはば広くなります。
 しかし、はば広いように見えて、当学会の研究は、大きく3つに分類することができます。

  1) 人間とデザインの歴史や文化:文系的なアプローチで、デザイン教育なども含まれます。
  2) デザインの技術と科学:人間工学、材料計画(材料学)、心理学、色彩学、感性工学、
デザインマネジメント、CAD、CG、設計方法論なども含まれます。
  3) 計画と設計:大別すると、工業デザイン、グラフィックデザイン、環境デザイン、クラフトデザイン
などがあります。これらの領域は職能として成立しており縦割的ですが、このような領域を横断する
かたちで、ユニバーサルデザイン、エコデザイン、サステナブルデザイン、サービスデザインなどが
含まれます。

 大会の発表の内容が非常にはば広いことに気付いて頂いたようですが、この3つの分類を参考にして頂ければ分かりやすいのではないでしょうか。

Q  青木研究室では、 工業デザインを中心に、明治大正期の椅子の普及といったユニークな視点などからデザインの生活への浸透を研究しておられます。青木先生は、この学会と、どのような経緯で、かかわられましたでしょうか。
青木会長  私は、工業デザインを学ぶために、千葉大学工学部の工業意匠学科に入学しました。ところで、クロスファータライゼーションを主唱された小池新二先生が、千葉大学の工業デザインの講座に、通常のデザインの講義以外に、人間工学、材料学、そして社会人類学の授業を用意しておられたのです。このうちの材料学(Material Science)で触媒を専門とされた鈴木邁先生が、私の恩師です。材料学には、触覚や視覚をはじめとして感性の全般が係わります。吉川弘之先生も、「愛着」を持って大切に長く使用できる人工物についてどこかで言及しておられました。また、材料の劣化や、廃棄するとき環境に負荷をかけないことを社会的な背景の中でどのようにデザインに盛り込むか、などの解決が、材料学には求められています。
 ところで、工業デザインのこのような学問環境を千葉大学に作られた小池新二先生は、退官されたときに文部省を説いて、68年に九州芸術工科大学を設立され、初代学長に就任されました。世界最初の芸術工学部として、環境設計学科、工業設計学科、画像設計学科に、新たに音響設計学科を加えた学科構成でした。(後の97年に、芸術情報設計学科が加わっています。)開学当時、「芸術工学」の理念を実践できる専門家は、まだ世の中にいないという意味から、小池先生は missing technician と呼ばれていたそうですが、卒業生は見事に芸術工学者として育って、各方面で活躍されています。組織の中で、プロデューサ的な役割をされる方も多いようですね。芸工大は現在九州大学に統合されましたが、このように小池先生は、非常に先見性を持っておられる先生でした。
 さて、私は千葉大学で94年に生産システム教育研究領域の教授になりました。研究室のテーマは、「材料計画論」「感性工学」「造形工学」などです。学生の自由な発想を大切にしており、研究テーマには制限をもうけていません。例えば、明治大正期に椅子が日本で普及をしてゆくときには、海外では当たり前だった椅子の「くつろぐ」という機能が抜け落ちて、日本の社会的な背景の中では、くつろぐのは「たたみの上」という認識が一般的であることなど、デザイン史的な面白い研究も発表しました。
 感性工学の分野では、触覚インタフェースや音のデザインなど、人間の感性を反映させたモノづくりが、これからますます必要とされてきます。材料計画と関連させながら、ユニバーサルデザイン、エコデザイン、サステナブルデザインなども志向しています。また、研究室の卒業生は、原材料メーカーに就職したときには材料の付加価値を高めることなどにも大きく貢献をしています。
 韓国の大手電子機器会社の現在のデザイン部長は、学生時代に当大学に留学していましたが、大学院GP(実践支援プログラム)やアジア人財資金構想事業などの競争的資金を獲得して国際交流も盛んに行っています。

Q  研究部会や支部の活動も活発のようですが、学会員の皆さまのご関心の今後の方向について、お聞かせ下さい。
青木会長 現在の学会員の構成は、教育機関の先生が7割、インハウスデザイナーが2割、フリーデザイナーが7%、官公庁(通産省、工業技術センターなど)が3%くらいです。産学連携の観点からは、もっとインハウスデザイナーに増えて欲しいところです。
 全国に5箇所ある支部の活動は大変に積極的で、地域との連携が図られています。また、学会ホームページの研究部会のリンク表は、じつは発足した順番に記されていて、最初に「用語部会」が作られているのは、デザイン学を確立していくためには専門用語の統一が急務であったことなどが理由でしょう。まだ研究部会の表に名前が挙がってはいませんが、ME(メディカル・エンジニアリング)分野の「バイオメディカル・デザイン」の研究部会が最新の部会です。ユニバーサルデザインも含めて、高齢社会に対する対応など、デザイン学会がいろいろな提案のできる領域は、非常に広いと思います。

 さて、国際学会に関しては、日本のデザイン学会がアジア諸国をまきこんで国際学会を立ち上げて、そこにアメリカやイギリスが入ってきたというのが設立の経緯です。海外では職能としてのデザインが一般的ですので、ドクターの数も日本が一番多いのです。お国柄が感じられて面白いことなのですが、イギリス人のアプローチが、非常に哲学的であったりします。また、オランダのデルフト工科大学は、LCA(ライフサイクルアセスメント=製品の一生の環境負荷)の分析に定評があり、人類社会全体を考える志向を持っています。
 ここで、工業デザインの歴史を簡単に振り返っておきますと、1919年にドイツに設立された「バウハウス」という学校が工業デザインの世界では非常な影響を与えたのですが、ナチスに睨まれて33年に閉校されます。その主要なメンバーや40年代に第2次世界大戦の戦火を避けた欧州のデザイナーたちが米国に移って工業デザインを発展させ、51年に松下幸之助が見て興奮したような作品を生み出していました。
 ところで、現在の日本では、介護製品などのユニバーサルデザインや情報機器のインタフェースデザイン(GUI)、吉川前会長が強調されたサービスデザインなどの新しいデザイン領域が非常に重要になっていることに多くの人たちが注目しており、実業としてのニーズもあります。工業デザインの大きな流れのひとつとして、日本がこのような分野で、従来の職能ごとの(モノの)デザインという「縦軸」に対して、新しいデザインの考え方を「横軸」として、モノの次元を超越した目にみえないデザイン(コトのデザイン)の流れを作り出すことは非常に大切なことと思われます。
 そうした意味からも、日本デザイン学会は、非常に横幹連合の思想との親和性があり、今後のコラボレーションも志向されることになるでしょう。

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