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横幹連合ニュースレター
No.037 May 2014

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
デザイン科学における
横幹型活動
*
松岡 由幸 横幹連合理事
慶応義塾大学 教授
■活動紹介■
●第39回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
日本リモートセンシング学会(2)
■イベント紹介■
◆第42回横幹技術フォーラム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター

No.037 May 2014

◆活動紹介


第39回横幹技術フォーラム

総合テーマ:「社会システム論で社会を読み解く」
【企画趣旨】 製品開発を行う技術者が、利用者や社会のニーズを把握して「ものづくり」を行うために、社会システム論の立場から、3人の社会学者が「組織活性化」「政治的システム」「都市」について論じる。

日時: 2013年10月23日(水)
会場:日本大学 経済学部(JR水道橋)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
◆総合司会 櫻井成一朗(明治学院大学 教授)
◆講演1「組織活性化の条件―人と組織のエンパワーメント」
今田高俊(東京工業大学 教授)
◆講演2「友敵のコードが生み出す政治的システム」
中井豊(芝浦工業大学 教授)
◆講演3「社会システム論から<都市>を考える~東京・上海・ディズニーランド~」
遠藤薫(学習院大学 教授)
◆総合討論  司会:司会:櫻井成一朗
講演者の皆様             (敬称略)

プログラム詳細のページはこちら こちら

【活動紹介】

 2013年10月23日、日本大学 経済学部において、第39回横幹技術フォーラム「社会システム論で社会を読み解く」が開催された。
 今回の企画趣旨は、次のようなものである。「製造業の製品開発においては、『よいもの』を開発することが、その目的である。しかしながら、誰にとって『よいもの』であるかを技術者が見失った場合には、必ずしも利用者のニーズに沿った『ものづくり』にはならない。それを回避するためには、『シーズ』が先行した『ものづくり』ではなくて、社会、あるいは、利用者のニーズを把握した製品開発を行う必要がある。このため、社会システム論の立場から、3人の社会学者が、『組織活性化』『政治的システム』『都市』について論じる。」
 開会のあいさつで横幹技術協議会の桑原洋会長は、近年の学術分野が、「システム」に着目して動いていることに言及し、今回の技術フォーラムでは「社会システム論」の立場から、製品開発を社会のニーズに添って行うための知識の構築や、産学連携システムの参考となる講演が聞けることを楽しみにしている、と述べた。
 総合司会は、櫻井成一朗氏(明治学院大学教授)が務めた。

 最初に、 「組織活性化の条件 ― 人と組織のエンパワーメント」と題して、今田高俊氏(東京工業大学教授)の講演が行われた。
 この講演は、「自己組織化」という言葉をキーワードにして行われたが、この言葉は、イリヤ・プリゴジンの1977年のノーベル化学賞受賞などによって注目されたもので、例えば、さなぎが蝶に変わるように、 環境の変化があろうがなかろうが、「自分の内部に備わった複雑な秩序や、新しい能力」を発現させて変わることのできる 構造体のメカニズムを指しているという。かつての大量生産の時代には、標準化された生産システムによって、フォード・モデルの自動車などが生産され、それが文明の象徴のように考えられていたが、多品種少量生産の現在には、そうしたビジネスモデルが時代に合わなくなってきており、この言葉が注目されるようになったという。ちなみに、今田氏は、著書「『自己組織性』―社会理論の復活」(創文社)で、1986年のサントリー学芸賞を受賞されている。
 ところで、製品に高付加価値が求められる時代になって、その上で多品種の製品を生み出すためには、(1)人間のアイデア・創意工夫を生かすこと、(2)組織に人間をはめこむのではなく、人間を優先して組み合わせるような組織作りをすること、(3)80年代までの「管理統率型」の組織作りに対しては「真逆の」組織編集ができるリーダーが存在して、下位のメンバーに積極的に権限委譲をすること、などが必要であるという。今田氏は、こうした組織作りの具体例が、「非管理型」の自己組織化を行って、1995年のラグビー日本選手権などで7連覇を達成した神戸製鋼のラグビーチームと、管理型で1985年に日本選手権の7連覇を達成した新日鉄釜石との、二つのチームの違いに見て取ることができる、と指摘した。
 こうした考え方をふまえて、今田氏は、(30年以上にわたる「自己組織性」の発現研究の結論として、)一般に、「組織」には、変則行動の取れる人が若干数(5%程度)は必要なのであって、このような人々が、周囲からは「変わった人」と呼ばれながらも、既存の枠組みや発想に収まらない行動を発現できるということが、その組織が未曾有の苦境に直面した場面などにも、その組織の内側に備わった、「自律的に、自ら設計した通りの環境を実現して苦難を克服する」という能力を示せる、ということを強調した。そして、そうした組織の中の変則行動の人物が取る行動は、経済学的には、ケインズ主義ではなく、フリードリヒ・ハイエクの考え方に近く、また、「生の躍動」を強調したアンリ・ベルクソンや、「永劫回帰の無意味な人生の中で自らの確立した意思で行動する超人」を讃えたフリードリヒ・ニーチェの唱えた思想に近いだろう、と氏は付言した。その組織が、例えば、1万人規模のような大きな組織であれば、「管理統率型」の組織運営になることも止むを得ないだろうが、例えば、200人規模のような小さな組織であれば、「管理統率」などは、むしろ邪魔で、自律分散型の組織にしなければ環境の変化への適応力を欠くという。さらに、大きな組織においても、その中に、こうした自立分散系の組織が多数存在することによって、組織の(本来の意味での)リストラクチャリング、つまり、「業態の再編によって、組織の新しい可能性を引き出すこと」が可能になるのだ、と述べて、氏はその講演を締めくくった。

 続いて、「友敵のコードが生み出す政治的システム ― 相互協力の基盤として」と題して、中井豊氏(芝浦工業大学教授)が講演を行った。
 中井氏は、コンピュータの中に自律的な「人工社会」を作って、そこに何人かの人工の「エージェント」を住まわせ、政治的システムを作った上で、そこに「友敵」の関係を与えたシミュレーションを行なってみて、その社会の人間関係がどのように変化するかを観察することで、興味ある結論を得たという。
 議論の前提として、この人工社会では、カール・シュミットの著書「政治的なるもの」(1932年)に描かれたような「政治」が行なわれていると仮定された。すなわち、ここでの「政治」とは、友と敵とを区別する営みであるという。
 また、ここに自律的に作られた「社会システム」としては、ドイツの社会学者二クラス・ルーマンの社会システム論が援用されており、その「エージェント」たちは、可能性が過多にあるような「不確定な社会」に住んでおり、固有のコード(ここでは、友か敵か。与党か野党か)に基づいて自らを環境と区別している。そして、相互にコミュニケーションを行うことによって、自分の属する社会(ここでは、政治システム)において、意味による秩序づけを行なっている、というように設定されたという。
 このシミュレーションにおいて、「友」という存在は、「友邦集団(=自ら)を外(=環境)から区別して、自己組織化するもの」であるという。政治的なシステムにおいては、「友」には、友と、友に協力してくれた人が含まれる。友人を選別する戦略について分類すると、自分達に関係してくる人を愛する人(伝道者)、自分に関係してくる人を愛する人(お人好し)、いじめっ子の子分になる人、自分達に売られたけんかを(群れて)やり返す人(正義の人)、売られたけんかを一匹狼でやり返す人、自分たちに関係してくる人を嫌う(=敵とみなす)人(独裁者)、 自分に関係してくる人を嫌う(=猜疑心の強い)人が、ここにいるという。
 この社会の初期状態としては、この場所では非協力の連鎖、いわゆる、「万人の万人に対する闘争」が行なわれている、つまり、全員が互いに対して意地悪で、非協力的な状態であることが仮定されているとのことだが、このような(敵だらけの)社会で、どうすれば協力の進化が行なわれ、将来の協力社会が実現できるのかを、中井氏は何世代にもわたってシミュレートしてみたという。
 すると、(最初は)全員が互いに意地悪であるこの社会においては、「やられたら、群れ(を作っ)てやりかえす」人たち(正義の人たち)が多く現れてくることで、協力的な社会(友の多い社会)が実現されたのだそうだ。また、自分に関係してくる人を愛する人(お人好し)たちが、突然に発生したという。このような、お互いが協力的である社会においては、悪人(敵、意地悪な人)が現れた時に、「友」が団結して、それを排除することになるのだという。
 ところが、「卑怯者」が現れた時に、社会は不安定化し、そこに悪人がつけこんで、協力社会は崩壊するのだ、と氏は説明した。この卑怯者の特徴としては、上司にへつらい、部下を馬鹿にする性質がイメージされている。つまり、「卑怯者」が多く集まる組織の中では、「成功は上司たちの手柄」「失敗は部下ひとりの責任」とする傾向が見られるので、悪人はそこにつけこんで、その協力社会の崩壊を企てるのだそうだ。
 ところで、「(悪人に)やられたら、群れてやりかえす」正義の人たちの多い社会においては、興味深いことに、「個人的な正義」を主張する人たちが増えると、(何世代にもシミュレートした結果、)悪人が増えて、協力社会が崩壊するという。ここに挙げられた話題は、どこの人間関係においても、おそらく思い当たることがあるだろう。

 今回の中井氏の講演に対して、司会者の櫻井氏は、「エージェント・シミュレーションと組織をうまくつなげて話して頂いた」と謝意を示した。
(参考資料: http://citrus.c.u-tokyo.ac.jp/mas/achievement/ws2005/ws2005_nakai_paper.pdf

 最後に、遠藤薫氏(学習院大学教授)による、「社会システム論から<都市>を考える~東京・上海・ディズニーランド~」と題する印象的な講演が行われた。
 遠藤氏は、先ず、「社会システム論」について概括して、「社会システムが、その他のシステムと異なるのは、その作動が<意味>の領域において評価される点にある」と説明した。この「社会システム論」は、1950年代に生物学者のベルタランフィが提唱した「一般システム理論」と深く関わっているという。一般システム理論というのは、生命システム・社会システム・情報システムを統合的に考察する視座である。そして、一般システム理論は、機械工学の分野においては、「自動制御システム」、つまり、動的な外部の環境変化の影響を受けながらも、恒常的に平衡を維持するシステムという考え方へと展開したことが良く知られている。一方で、社会システム論の領域での展開においては、工学とは少し、視点が異なるという。先の講演で今田高俊氏が言及したイリヤ・プリゴジンらは、例えば、「会社」のような「有機体の階層的秩序」が、「社会」という解放系の大規模構造の中で、無秩序状態から、どのように自己組織的に現出することができて、外界の変化に有機的に対応できるのか、を説明できる視座を提供した。また、中井豊氏の講演で、中井氏の準拠した二クラス・ルーマンの「社会システム論」においては、その「エージェント」(住人)たちは、固有のコード(友か敵か、与党か野党か)に基づいて、自己言及的に自らを環境から区別していた。そして、互いに<意味>の領域においてコミュニケーションを行うことによって、その「エージェント」たちは、自らの属する社会(政治システム)に対して秩序づけをしている。(編集室注: 例えば、われわれもNHKの「日曜討論」を視聴して、どの政治家が自分たちの味方であるかを<意味>の領域で秩序づけしている。)一般に「社会システム論」においては、文化人類学や民俗学の知見・方法論を援用して、<意味>の構造や、その生成過程を明らかにすることが重要になる、と遠藤氏は強調した。
 ところで、「都市」とは、ここでの遠藤氏の規定によれば、ある社会圏の「権力」が作動する場であり、そして、ある社会圏が、自らを社会圏として定義するために、絶え間なく自らを書き換えているプロセスの中心であり、周縁でもある、という。これを説明をするために、氏は、江戸時代の京都と江戸、そして明治時代の東京について記載した「案内本」を数冊、続けて紹介した。言うまでもなく、江戸時代に天皇の在所したのは京都であり、明治以降の権力の中心は東京である。

江戸時代の京都の案内本:聖なる秩序の中心の紹介。御所/寺社仏閣の参詣人/巡礼者たちのための案内本。
江戸時代の江戸の案内本:俗なる生活の紹介。(参勤交代の)侍/町衆たちのための物見遊山用の案内本。
明治時代の東京の案内本:近代国家の秩序の中心の紹介。宮城/近代的建築/都市機能の公用・商用・観光のための案内本。

 そして、明治時代の東京が、19世紀のグローバリゼーションを自らに引き受けて、欧米をモデルにした改造した自己像を(都市の)空間に具現化させようとしていたことが理由となって、明治時代の東京の案内本が向ける、その「まなざし」は、日本の中心に向けられているようでいて、実は、世界の中心=欧米を向いているという。つまり、東京は、自らを日本の首都として定義するために、 絶え間なく自らを書き換えているプロセスの中心であり、周縁でもある、ということになる。ちなみに、このことは今日でも、まったく変わっていない東京の姿だろう。
 こうしたことから読み取れる「動態としての都市」は、次のような姿を示していると氏は指摘する。すなわち、私的な「市」が、権力によって担保されることで「都市」として確立すると、その場所は、「未住空間」から「居住空間」へと変化することになる。その都市には、社会学者ゲオルク・ジンメルが呼ぶ「余所者」たち、すなわち、「昨日来て今日留まる人」が、集住する。集住する人々の間には「公共性」が生じ、このことから、その背景としての広い領域を統制するものとしての「公」、すなわち政治権力が、まさにその都市化によって強化されるのだという。
 このように、都市は静態的ではなく、動態的なものだと考えられるそうだ。なぜなら、都市は常に「余所者」に対して開かれているので、都市は都市である限り、常に「空虚な空間性」を維持し続けなければならない。このため、そこに生きる人びとの間の「公共性」は、常に組み直されなければならず、それらを統括するべき「公」も、(本来は)絶え間なく、自省的、自己再生産を繰り返さなくてはならないのだ。明治時代の「近代国家・日本」が非常に面白い時代であった理由の一端は、世界に向けて示された(例えば、浮世絵の意匠や日本庭園の美しさといった)「日本らしさ」という側面と、日本人に向けて示された「(西洋化された近代的な)新しい日本」というパラドキシカルな二重性のなかに、日本が宙吊りにされていたためかもしれない、と遠藤氏は分析している。(編集室注: 遠藤薫編著「グローバリゼーションと都市変容」世界思想社、2011年、p.14-15、72より引用して、ここに加筆した。)

 ここで、都市の意味の構造と、その生成過程を明らかにするために、遠藤氏は、とても鮮やかに、上海の観光地を4つの象限に分類して示した。上海では、いくつかの異なった「都市」の側面が、歴史的に形成されているという。

<図1、上海観光地の4つのタイプ>
 
<図1、上海観光地の4つのタイプ>

 先ず、「豫園」(よえん)は、明の時代の庭園で、親孝行な四川省の役人であった潘允端が、(16世紀に)故郷をなつかしむ父に送った中華風庭園である。そして、「上海租界」は、19世紀の南京条約で開港した上海に設定された外国人居留地のことで、英米日仏の居留地を総称して、そう呼ばれる。次に、「田子坊」(ティェンヅファン)は、元は住宅だった場所に自然発生的に店が増え、狭い迷路のような路地にアートショップや料理店、ブティック、小物店などが密集している地域であり、15年前に、ある芸術家がアトリエを構え、やがて近所に芸術家が集まり始めて、その近くにレストランやバー、雑貨店などが開業した事が起源とされている。そして、「先端ビル群」とは、1990年代以降に、現在も継続して、上海には超高層のビル群が林立し続けていることを指している。
 そして、日本でも、オリンピックや大阪万博が高度成長の証左となったように、2010年に行われた上海万博(国際博覧会)が史上最高の参加者数を達成して、中国の経済的自信と上海のインフラの整備、上海の観光地の整備、上海の急激な土地開発を、国内外に強く印象づけたという。
 そして、遠藤氏は以前に、東京ディズニーランドと長野の善光寺の二つを比較して、どちらも「外来文化」であるがゆえに、普遍的な集合意識にのっとって、持続的な高い人気を日本の中で得ている、ということを論証した、すぐれた著作(「日本近世における聖なる熱狂と社会変動」勁草書房、2010年)を書いておられるのだが、ここまで氏の論じてきた、上海の「都市」の姿を将来に向けて投影すれば、「ディズニーランド」という言葉に行き着くのは当然であろう。事実、2015年開園予定の上海ディズニーランドは、上の図、「上海観光地の4つのタイプ」の座標軸のひとつであった、西欧⇔中国という軸上にある「中国らしさ」を感じさせるアトラクションも予定に含めて、目下建設中であるという。このような事実をふまえた上で、遠藤氏は、次の図を示した。

<図2、 上海に見るハイパー・グローカリゼーション>
 
<図2、 上海に見るハイパー・グローカリゼーション>

 考えてみれば、東京という日本の都市も、鎖国時代の江戸町人文化の姿と、維新以降の急速な西洋化を、その<意味>のレベルで、なんとか折り合いを付けようと苦心惨憺してきた。それと同様に、上海は、この図のような<意味>の書き換えにおいて、まさに苦心している最中だ、と言うことができるだろう。氏によれば、それが「都市」の本来の姿でもあるという。
 今後も、住民の(その都市に対して)求める意味性と、新しい都市の形をいかにリンクさせてゆくのか、グローバル社会の都市というものを考えるときに非常に重要である、と指摘して、遠藤氏はこの印象的な講演を締めくくった。

 最後に、出口光一郎会長から、「10年目を迎えた横幹連合では、横幹型科学とは何か、横幹型科学技術は実際に、どのように機能させられるのか、について、そのシステムをきちんと整備しようという機運がある。その意味からは、社会をシステムとして考える今回の講演は大変に面白かった。これからも、理系と文系の学問の一層の協力が求められる」と挨拶があり、講演の先生方への謝辞が述べられて、今回の技術フォーラムは、つつがなく終了した。



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