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横幹連合ニュースレター
No.039 Nov 2014

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
静かなる平成維新と横幹総合シンポジウム
*
六川 修一 横幹連合理事
東京大学大学院工学系研究科 教授
■活動紹介■
●第41回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
Future Earth
■イベント紹介■
◆第5回横幹連合総合シンポジウム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.039 Nov 2014

◆活動紹介


【活動紹介】  第41回横幹技術フォーラム
    総合テーマ:「社会的課題解決のためのイノベーション ~社会システムとしての街づくり~ 」
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第41回横幹技術フォーラム

総合テーマ:「社会的課題解決のためのイノベーション ~社会システムとしての街づくり~ 」
【企画趣旨】 東日本大震災から3年が過ぎ、被災地では復興住宅建設に合わせて、近隣の「街のデザイン」を検討すべき段階に入った。被災地の多くは地方都市であり、被災による「人口流出」や「産業空洞化」の問題、今後の「超高齢化」といった社会的な課題は、これからの日本における問題の縮図となっている。それ故に、被災地における街づくりや「社会システム」設計は、次世代に向けた日本全体の街づくりに密接に関係する。本技術フォーラムでは、今後の人口の増減に対応できる「スケーラブルな街づくり」および「社会システムの実現」に向けて、被災地を事例の一つとして、どのように産学官が共同して研究開発を進め、イノベーションにつなげて行くかについて考え、議論する。

日時: 2014年4月30日
会場:東京大学 山上会館(都営大江戸線、本郷三丁目)
主催:横幹技術協議会、横幹連合、産業技術総合研究所スマートライフケアコンソーシアム
◆総合司会 谷川民生(産業技術総合研究所)
◆フォーラムの趣旨説明 大場光太郎(産業技術総合研究所 副部門長)

◆講演1「『社会システム・デザイン』によるソフトウェアとしての街づくり」
横山禎徳(東京大学 特任教授)
◆講演2「東日本大震災から3年、被災地 気仙沼市の挑戦」
菅原茂(気仙沼市 市長)
◆パネルディスカッション 司会:大場光太郎
「『社会システム・デザイン』における良環境を構築するための地域活動について」

横山禎徳
菅原茂
桑原洋(横幹技術協議会 会長)
出口光一郎(横幹連合 会長)

被災地復興活動の皆様
森成人(東北未来創造イニシアティブリアス創造観光プラットフォーム 経営未来塾担当)
小松志大(東北未来創造イニシアティブ 水産資源活用研究会 経営未来塾担当)
浜崎千賀(北原国際病院 経営企画室長)
 ※ 北原国際病院は、東松島において「医療をツールとしたまちづくり」(復興庁「新しい東北」採択事業)に取り組んでいます。
成宮崇史(NPO法人 底上げ 事務局長)
 ※ NPO底上げは、観光を高校生の視点で考え行動する気仙沼の高校生団体「底上げYouth」をサポートしています。
小島一浩(産業技術総合研究所 気仙沼現地担当)

(敬称略)

プログラム詳細のページは こちら

【活動紹介】

  2014年4月30日、東京大学、山上会館において、第41回横幹技術フォーラム「社会的課題解決のためのイノベーション ~社会システムとしての街づくり~」が開催された。開会のあいさつで、桑原洋氏(横幹技術協議会 会長)は、災害復興を「システム設計」の観点から考えてみることを提案された。続いて、趣旨説明にかえて、大場光太郎氏(産業技術総合研究所)が、「第34回横幹技術フォーラム」 http://www.trafst.jp/nl/030/report.html の場で報告された「東日本大震災の復興現場(気仙沼)における(産総研の)支援活動」についての後日談のビデオが完成したことを紹介し、その一部を上映した。桑原氏と大場氏の発言の詳細については、後の「パネルディスカッション」の個所に記載する。

  さて、最初に行われたのは、横山禎徳氏(東京大学特任教授、社会システムデザイナー)による「『社会システム・デザイン』によるソフトウェアとしての街づくり」と題する印象的な講演であった。氏は、この講演の最後に、その締めくくりとして非常に重要な図を示した。本稿では、それを最初にご紹介したい。それは、「社会システム・デザイン」の構築においては、「トランスサイエンス」の領域が非常に重要である、とする指摘である。
(1) 縦割り状況の専門家(有識者)の議論を、多様な専門家と素人が参加した(豊熟な)議論に転換する。
(2) 賛成か反対かではなく、現実的な解決策を導き出すことを目的にする。
(3) 素人が傍観者ではなく、状況をマネージすることに関わるべきである。
(4) 批評・批判ではなく、決断と自己責任の醸成を図る。
  この図の具体的な説明について、氏は、ご自身の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(国会事故調)委員としての経験(2011年12月~2012年7月)をふまえて、熱く話しをされた。
  まず、「有識者」とは一般に「限定された領域についての深い知識を有している人」のことだとされるが、原発に関する限り、現在の社会における原発の「全体像」を把握していた「有識者」は(1000人を超える関係者の聞き取りを行って分かったことだが)一人としていなかったのだ、という。(事故調では、その他に住民 8000人、現場作業者 2400人にも、災害現場の検証のためのアンケートを行っている。)そして「原発の有識者」の多くは、全体像ばかりでなく、現場もほとんど知らなかったそうだ。(横山氏は、チェルノブイリを含めて原発災害の現場を訪れているという。)
  なかでも噴飯ものの議論は、原発地下の活断層についての報道で、なぜこうした理屈に合わない議論が横行するかというと、地震災害や火山学の専門家のほとんどが(直接話してみると)最近の耐震・免震設計についての建築技術を全く知らないからだという。その結果として、原発の安全性についての「行なわれるべき議論」が、全く行なわれていないそうだ。氏は、原発の「トランスサイエンス」領域においては、住民(素人)が状況をマネージしてイニシアティブを取り、(建築家などの)多様な専門家と素人の参加した議論が行われた上で、耐震化などについての現実的な解決策が導き出されるべきである、と提言した。ところが、講演などでこうした原発の耐震化の話をすると、横山さんは原発賛成派ですね、と決めつけられるのだそうだ。(氏は、1942年生まれの広島県出身者で、原爆を体験している。このような決めつけ方は、氏に対して大変失礼である。)
  また、チェルノブイリ事故のあと、ポーランドでは国が子供たちにヨウ素剤を服用させた事で小児甲状腺ガンの発生が大きく抑えられた。しかし、福島では必要な数の医師がいなかったことを理由に自治体がヨウ素剤を投与しなかった事について、氏が小児甲状腺ガン発症のリスクを指摘すると、横山さんは反対派ですね、とレッテルを張られるのだという。賛成か反対かではなく、現実的な解決策を見つけることが必要なのだ、と氏は強調した。
  地域住民が原発についての議論に参加するべき理由は、他にもある。IAEA(国際原子力機関)では原発の深層防護(多重防護)を5層に定め、従来の「多重故障が発生しても炉心損傷を起こさないよう備えること」(第3層)の後に、「炉心損傷が起こっても放射能物質を環境に放出しないよう備えること」(第4層)「放射能物質が放出したとしても、公衆被ばくを抑制するように備えること」(第5層)と、その防護レベルを明示している。ところが、日本では、この第4、5層についてはオプション(必須ではない)扱いにしているのだという。日本の多重防護の基準を不統一にしたまま、住民への説明も行なわず、国民の合意を得るプロセスも踏まずに、なし崩しの再稼働への「最終判断」を行うことは大きな問題である、と氏は指摘する。
  したがって、あのとき誰が悪かったのか、という議論をしても不毛であるという。例えば、米国では、原子力潜水艦に原発が積まれていることから、原潜の何かの危機に直面して「ヨウ素剤を飲んだ」といった経験を持つ乗組員も大勢いるはずだ。だから、今後の稼働中の原発の危機という可能性に備えるに当たっては、(米国の危機管理がそうであるように)知識・能力・気力・体力・胆力があって、危機に備えて訓練された人物を、必要な時にそこに投入できるような「社会システム」が、日本でも用意されているかどうか、ということが問題なのだ、と氏は強く訴えた。日本の原発は再稼働に向かい始めたのであるから、「推進かゼロか」といった無責任な議論を繰り返すのではなく、「社会システム」としての現実的な解決策が用意されているべきだ、ということを氏は強調した。
  また、放射能汚染物質によるガン発症の危険に加えて、震災の被災地では「アスベスト」が大量に舞っており、これが地方自治体の無知によって放置されている事から、2030年頃には数万人の中皮腫の患者が生じる可能性のある事実を、氏は強く警告した。
  ここで、氏は「トランスサイエンス」について、「科学が問うことはできるが、科学のみでは答えられない領域である」とその定義を述べた。
  19世紀までは、経験的な技術を科学が「認知的に追認」していた時代であったのだが、それを過ぎて20世紀に入ると、科学が技術に先行する事態が多く生じている。「原子力関連科学」「生命科学」「情報科学」が、その代表であると氏は指摘した。原発の現場では、これらの3つの科学が相互に連鎖して問題が生じているのだが、「科学」には個別の領域の「科学の専門家」しかいないために、本来必要な十分な議論が行われていない、と氏は何度も強調した。

  ここからは、横山氏の講演の冒頭に戻りたい。氏は、前川國男設計事務所(東大 山上会館などが有名)や、米国の(公共施設を任されている)大手設計事務所での建築設計などの経歴を経て、「社会システムデザイナー」になったという。社会学者の扱う「社会」は、われわれの社会全体を指しているから、「社会全体」をデザインすることは、できない。ただし、常に変化する「ダイナミックシステム」としての「社会システム」については、デザインできるという。例えば「都市」は、目に見えるハードと、見えない OSの重層構造から構成されている「社会システム」の集合体と考えることによって、デザインできるのだそうだ。そして、「社会システム」には、明確な定義とデザインのための方法論が存在する、と氏は指摘した。
  ここで、氏は(設計された)「社会システム」の妥当性を検証するための「都市化指標の三層構造」を示した。この図においては、住民の等身大の視点、そして時間軸と周辺との関係が重視されているのだという。
  氏は、この指標に基づいた東日本復興案に関する提言を、2011年4月20日に民主党の復興構想委員会から依頼されて行なったという。分野も経験も多様なメンバーによって短期間に作業の成果を出すためには、全員のレベルを合わせるための「分かりやすい方法論」の共有が不可欠であると、このとき感じたそうだ。
  まず、■「全体を統括する思想」。
  これまでの手法の根底には「産業振興立国論」があった。従来のリニアな産業発展モデルから、政治家や官僚の発想が抜け切れていないという。しかし、例えば「医療」をハコものだと考えて、医師、患者、保険者を分断してきた結果の一つが、介護に必要な人材の不足や少子化といった「悪循環」であった、と氏は指摘する。医療については、ハコものと考えずに、医療・金融・IT・建設などの産業分野を統合した「生活者」のための医療システムだと考えた時に初めて、地域住民も、医療システムの一部を担う活動ができるのだと、氏は指摘した。これを一言にまとめると、全体を統括する思想としては、産業振興論から「社会システム論」への転換が必要だということになる。そして、「社会システム」を設計する最初のステップは、その問題についての本質的な「中核課題」を発見して定義することと、そこに作られている「悪循環」を発見することだ、と氏は、非常に強く訴えた。しかし、悪循環を単純に裏返しても、持続可能な良循環には、ならないそうだ。
  次に、■「果たすべき使命」。
  やみくもに都市を「復興」したところで、若い人の人口流出が止まらないような地方都市を、ただ再生させたのであれば意味がない。日本は、せっかく世界がうらやむほど民度の高い安定した社会であるので、その先を目指した「先駆的地域社会」の復興、即ち、次の地域社会はこうあるべき、ということを示すような社会の復興を行うべきである。そのためには、東京には無い地方都市の魅力が感じられる「非東京的生活」を意識して目指すべきである、と氏は強調した。(参考書として、博報堂生活総合研究所編「オイコット・ライフ -非東京的生活の魅力-」1989年刊を氏は挙げた。)また、地場の持つ産業競争力として、例えば、ソニーが「リチウムイオン蓄電システム」を東北で完成させたことに触れて、家庭における年間電力需要のピーク値を平準化するための「一般家庭用の蓄電池」の生産などを東北で振興し、その標準規格をそこから発信すべきことなどを提言した。
  そして、以上の安定した土台の上に、
■「行動指針」が重ねられるという。
(1)低炭素化の推進と経済規模の拡大とが両立する社会の確立。
(2)年齢・性別・ハンディキャップを問わない雇用と生活利便性の確保。
(3)地方から発想した経済、社会、文化の新たな多様性を創出。
(4)「優しく冷たい」生活保護ではなく自立を促す「厳しく暖かい」生活支援。
  なお、横山氏は、この都市化評価の指標に関して、中国国家発展改革委員会からの依頼を受けて(中国の都市化のための指標として)次のような文章をまとめられたという。参考までに、その「行動指針」の内容を、ここに転記させて頂く。
■「行動指針」(中国の都市化のための指標、試案)
○住みやすいか – Livable「誰もが健康維持できる環境であるか。住みかが手に入りやすく、移動が便利であるか。年齢性別にかかわらず就業機会があるか。」
○長持ちするか – Sustainable「世代交代ができるようになっているか。経済基盤に持続・発展性があるか。都市活動を支障なく支える基盤容量があるか。」
○周りに貢献できるか - Supportive「周辺地域及び他の都市と互恵関係があるか。周辺部に利用可能な都市型アメニティを提供しているか。都市成長の地域との関係に規律があるか。」
  氏の講演は具体的な例証が細部に及んで、とても豊饒な内容であったが、論理の組み立てが非常に堅牢で「社会システムの設計」についての豊かなイメージを感じさせた。

  横山氏に続いて、「東日本大震災から3年、被災地 気仙沼市の挑戦」と題して、菅原茂氏(気仙沼市 市長)の講演が行われた。菅原氏の講演では、気仙沼市の
(1)被災の状況(2)住宅再建の行方(3)人口減に直面して(4)復興モデルを目指して、という内容が簡潔に述べられた。気仙沼市の復興が抱えている問題をあざやかに示して、要を得た講演であった。
  まず、気仙沼市の被害は、次の数字に端的に示されているという。津波による浸水面積は、市全域の5.6%とわずかであったが、人口の密集地を襲われたために、家屋の40.9%が被災した。事業所が被災した割合に至っては、漁業関連が多かった事から80.7%と、市にとっても深甚な被害が生じたそうだ。岩手県の陸前高田市と、ここ宮城県 気仙沼市が、東日本大震災では最大級の被災地であったと言われるゆえんである。死者、行方不明者数は、1270人。市民の約1.7%であった。
  住宅の再建に際しては、コンパクトシティ(生活に必要な諸機能が近接した都市)は目指さなかった(目指せなかった)という。目指していたら、3年間で一個所も話はまとまらなかった、と氏は述べた。結局、高台への集団防災移転に関しては、総数の4分の3にあたる37地区が、協議会方式で独自の人脈などに基づいた移転を行なったそうだ。(市が誘導した移転は、9地区だったという。)現在新築中の集合住宅の総数は、2200戸というとても大きな数字を目標としており、これは入居希望者のすべてを受け容れる数である、と氏は説明した。ところで、「田舎で暮らす、という事については、都会人の真似をしても始まらない」のだと、氏は述べた。そこで、市の復興の基本理念には、「自然に対する畏怖・畏敬の念。そして、家族愛、他者への愛、郷土愛に溢れる人々の優しさ」などを立てたのだという。そして、復興の目標としては、
  「津波死ゼロのまちづくり」「早期の産業復活と雇用の確保」「職住復活と生活復興」「持続発展可能な産業の再構築」「スローでスマートな、まちとくらし」「地域に笑顔溢れるまちづくり」という項目を(議論を繰り返した上で)目標として立てたのだという。
  中でも、スローフードに関しては、気仙沼市は 2003年という早くから「スローフード都市」を宣言しているのだが、2012年のトリノで行なわれたスローフードの祭典で気仙沼が「日本で最初のチッタスロー(スローシティ)認証」に選ばれたそうだ。伝統を尊重し、持続可能な都市づくりをめざしていることが評価されたと思われる。田舎で暮らすというのは、そういう事ではないだろうか、と氏は述べた。なにより、ここに住む人々の優しさと溢れる笑顔で、まちづくりを目指したいという。そして、この街では漁業を、持続発展が可能な産業と捉えて復興に当たっているという。
  ところで、地方都市の共通の悩みである「人口減」に関しては、嬉しいアンケート結果が得られたそうだ。現在の高校生は、中学生の時に被災し、避難所では若い大人が不足していたことから様々な仕事をこなし、エースとして大きな戦力を発揮した優秀な若者たちである。そんな高校生の彼らに「将来、気仙沼に帰郷・定住したいか」と尋ねたところ、回答数約1900人の56.5%が「帰郷したい」と答えたのだという。大学に行くために気仙沼を離れた人たちは、そのまま帰ってこないのがこれまでの傾向だったので、この結果は嬉しい、と氏は述べた。しかし、気仙沼の就労者の平均年収が周囲と比べて低いことが問題で、高齢者はこれまでのストックがあって、老人になっても、そこそこ暮らして行けるのだが、賃金の低い若い人たちにはそれが難しい。そのためにも、自分たちで値付けができる高付加価値な商品開発を、主力産業である漁業の中に増やして、住民の所得を高めて行きたい、と氏は述べた。( Uターンの受け皿としての新産業創生のいくつかの試みについては、パネルディスカッションのパネラーの発言とともに、この後に紹介する。)ちなみに、Uターンや定住ができないと答えた人たちにその理由を尋ねると、地元で選べる職種の幅が少ない、給料が低い、娯楽施設が少なくショッピングを楽しめる機会もない、と回答されたそうだ。

  さて、技術フォーラムの会場は、ここで休憩に入り、次のパネルディスカッションの準備が進められたのであるが、その間に本稿をお読みの皆さまには、今回の主催団体の一つ「産業技術総合研究所スマートライフケアコンソーシアム」が行なった「気仙沼~絆~プロジェクト」のその後について、ご報告しておきたい。
  実は、今回の技術フォーラムの内容は、「第34回横幹技術フォーラム」(2012年5月)の続編として企画されたものである。このプロジェクトが用意した3戸のトレーラーハウスの運搬が、容易ではなかったこと。ハリケーン「カトリーナ」の災害時には、米国で8万5千戸以上のトレーラーハウスが、その日から使える「仮設住宅」として直ぐに全米から集められ、活用されたのだが、日本の路上では、運搬を時速25キロ以下に厳しく制限され、しかもその前後に警備用の車を配するよう国土交通省から指導されて運ばれて来たということを、第34回の活動紹介に記しておいた。これらのトレーラーハウスは、ともあれ無事に気仙沼市「五右衛門が原」の約300戸の仮設住宅のそばに設置されて、「物販用、多目的(交流)用、見守りシステム等の技術支援拠点と居住スペース」として住民から重宝され、仮設住宅に住むそれまで交流が無かった住民どうしを結びつける、という役割を見事に果たしたそうだ。その反響を伝えるビデオが製作されたので、是非ご覧になって頂きたい。(フォーラムの会場では、横山氏の講演の前に数分間上映された。)トレーラーハウスはここでの役割を終え、この次は名取市に運ばれて「震災メモリアルパーク・施設」(計画中)ができた時にそこに展示されることになるという。
  ちなみに、このビデオの中で産総研の大場氏は、「技術者はモノを作ったところ(復興施設などを設置したところ)までで役割が終わりになるが、トレーラーハウスについてはその稼働が終了した時点でどれだけの人が集まってくれたかが評価値になる。しかし、(産総研など)研究のアカデミアの中では、そうした評価のされ方がなかなか通じない。論文にもできないので評価され辛い」と嘆いておられた。しかし、トランスサイエンス領域における「災害復興の社会システムの構築」という枠組みから見れば、大変に大きな成果が得られたと感じているのは編集者だけだろうか。当初の構想では、3戸のうちの一つは「仮設診療所にしたかったのだが、様々な理由で保健所の許可が下りなかった」ということであったようだ。孤独死防止のための見守りシステム拠点であったのに、なぜ診療所の併存が認められなかったのだろう。こうした現状における「悪循環」を、「良循環」に替えるための社会システム研究は、アカデミズムだとは言えないのだろうか。


  さて、続くパネルディスカッションでは、気仙沼市の新産業創生のいくつかの試みが、現場でそれを直接担当されている方々によって紹介された。
  最初に、森成人氏(東北未来創造イニシアティブ リアス創造観光プラットフォーム 経営未来塾担当者)が、活動紹介を行なった。「東北未来創造イニシアティブ」は(市長の説明によれば)東北ニュービジネス協議会の大山健太郎会長(仙台市アイリスオーヤマ(株)社長)と大滝精一東北大学経済学部教授が相談して立ち上げた組織で、経済同友会などが協力して運営されており、「情熱と志、構想力、行動力を持つリーダー人材」を育成しているという。「人材育成道場」では、半年間の缶詰めに近い研修が行われており、本来は何十万円もする受講料がここでは無料なのだそうだ。
  また、「東北未来創造イニシアティブ」は、地域で観光事業に取り組む方々と、市内外の人脈や知的資源、ノウハウをつなぐ「ハブ」的な存在としても活動しているという。気仙沼市では、「気仙沼市観光戦略会議」としての戦略的方策の提言を、2013年3月に市長に提出しているそうだ。その中では、「水産業と観光産業の連携・融合による新たな付加価値創造戦略」や、「気仙沼ならではのオンリーワンコンテンツを活用した誘客戦略」という二大戦略を始めとして、七つの戦略が提案されたという。これらの戦略は、気仙沼市の観光客が震災前の250万人から43万人にまで激減したことを受けて、その対策として検討されたものだそうだ。ちなみに、森氏も無料の観光ガイド「気仙沼じゃらん」を製作したところ、2週間で2万部がなくなるほどの反響があったそうである。
  続いて講演された小松志大氏(東北未来創造イニシアティブ 水産資源活用研究会 経営未来塾担当、経済同友会からの出向者)も、「気仙沼ならではの、オンリーワンコンテンツ」である水産資源をフィーチャーして、全国的にも水揚げのシェアが高い、サメ、カジキ、カツオ、マカジキや、シェア日本一の、サンマ、わかめ、ビンチョウについて、その活用法を紹介した。 彼らは、高付加価値化の勉強会などを行ない、これらの水産物を素材にして「サプリメント」「化粧品」「機能性商品」を作ることを試みており、自分たちで価格付けのできる商材として販売して行くつもりだと述べた。
  次の、北原国際病院、浜崎千賀経営企画室室長は、宮城県東松島市の仮設住宅に開設された「北原ライフサポートクリニック東松島」が行なっている「医療をツールとしたまちづくり事業」 (復興庁「新しい東北」採択事業)について紹介した。ここでは、東京都八王子市にある北原国際病院の「医療は総合生活プロジェクトである」という理念に沿って、「病院の機能を町に広げて、社会保障費を削減し高齢者・身障者にも社会参加の機会を提供する」という趣旨からの活動を行っているという。農業体験には、リハビリとしての効果が見られ、C.W.ニコル財団などの支援を得て行った「復興の森」散策体験などにも、ストレスケアとして心身をリフレッシュさせる効果のあることが分かったそうだ。
  続いて講演された成宮崇史氏 (NPO法人「底上げ」事務局長)は、復興のボランティアとして訪れた気仙沼市に住民票を移し、現在は NPOの立場で、観光を高校生の視点で考え行動する高校生団体「底上げYouth」をサポートしているという。ちなみに「恋人」という言葉は、気仙沼市出身の歌人 落合直文が近代短歌史上初めて使ったということで、「底上げYouth」では「恋人発祥の地ツアー」などを企画して、気仙沼の魅力を発信しているそうだ。
  このほかに、菅原市長から「ゴーヘイ!気仙沼の会」と「COMPLEXファンド」についても紹介が行われた。
  「ゴーヘイ!気仙沼の会」 は、気仙沼市や気仙沼商工会議所などが実行委員会を務めている組織で、気仙沼に興味を持つ市外の企業や団体に対して、気仙沼の現況や参入メリット、優遇制度の情報などを提供するとともに、関係団体や地元企業との交流の場を作り、気仙沼における産業の創造的復興を目指して活動しているという。
  また、吉川晃司氏と布袋寅泰氏のユニット「COMPLEX」が行った震災復興チャリティLIVE からの気仙沼市への義捐金7500万円によって作られた「COMPLEXファンド」でも、新規産業の創生支援を行なっているという。例えば、モウカザメの心臓(もうかの星)を使ったお弁当や、気仙沼産の良質なフカ由来のコラーゲン(フカコラ)を贅沢に使用したアンチエイジング効果があるゼリーの「フカコラ美人」などが、新規事業として採択されたそうだ。

  ところで、(このような気仙沼における積極的な活動が紹介されたあとで、司会者からコメントを求められて、)菅原市長は「第二市民を創り出す」という方針を強調した。これからの地方都市では、人口は必ず減少する。しかし、定住人口の一人が減る事による年間消費額の減少分121万円は、長期滞在者の拡大(外国人旅行者7人、または国内旅行者22人)や交流人口の拡大(国内日帰り旅行者77人)などの旅行消費額の増加によって支えることができる、というのだ。菅原市長は、気仙沼ならではのオンリーワンコンテンツを活用した誘客戦略について、その意気込みを示した。
  横山氏はこれにコメントして、「大変にすばらしい気仙沼での活動をご紹介頂いたが、国内の旅行人口については、実は飽和している。気仙沼に国内旅行者を誘客することは、他の土地から国内観光客を奪うことにつながるので、そこに注力するよりは、中国・台湾・韓国などからの観光客の誘客に力を注ぐことが勧められる」と述べた。また、観光産業として、全国に作られたテーマパークが敗退した理由はリピーターが来なかったからであるとし、リピーターが多く来れば代理店への支払い分も減って、観光収入も安定するとの感想を述べた。
  森氏と小松氏は、地元の人にとっては「当たり前」でも、外の人にとって、びっくりするような事が多く、それらが観光資源になるということが、まだ気付かれていないと述べた。例えば、刺身盛りがその例で、東京では、3種類くらいの盛りが普通だが、ここでは10種類くらいが乗っている。また、星空もきれいである。すると、星空と豊富な海産物を組み合わせたパッケージツアーが企画できる。サメの解体ショーの面白さや、漁船に乗って味わう「生めかぶ」のしゃぶしゃぶの美味しさについても、ここの方たちは、それが当たり前だと思っている。私たち外部の人間が、ここに来ているメリットは、そうした観光資源を見つけて、外から来る人たちに紹介できることだと考えている。気仙沼なんかが観光地になるのか、と自分勝手にネガティブになる必要は全くない、と感想を述べた。
  ここで、菅原市長は、「実は迷っていることがある」と前置きして、政府の復興予算は大変に有難いのだが、その範囲で建設できる「公営住宅、岸壁、防潮堤」などの施設だけでは、必ずしも気仙沼の未来は約束されないと思う、と述べた。そこで、気仙沼にはまだ無い観光資源(具体的な名称は、Webなので伏す)を新たに開発して、「東北のXX」などの検索キーに「気仙沼」も引っかかるようにしたいと考えているのだが、こうした「産業投資」には、まとまったお金が必要である。そのような資金をどこから「捻出」するかで、悩んでいると、氏は語った。
  これに答えて、横山氏は、例えば、日本人がハワイのホテルのワンフロアを不動産投資として買って、そのホテルのオーナー(の一人)になっているとする。これは、そのホテルから得られる利益がそれほど高くないという場合でも、彼は嬉しいと思うだろう、と指摘した。同様に、中国人の資産家にとっては、東京に不動産を持っていることが、「嬉しい」。また、それが、かなり確実に見返りの得られる東北復興のための投資である場合には、政府が一言「日本政府が保証する」と言ってくれるだけで(交付金を貰う必要は全く無くて)銀行が直ぐに気仙沼市にお金を貸してくれる。その保証は、返済期限のない新株発行(エクイティファイナンス)で行なわれ、(上述した理由から)華僑のお金などが直ぐに集まることだろう、と述べた。この提案に、菅原市長は、「なるほど。検討してみたい」と述べた。
  桑原会長は、こうした気仙沼の観光戦略を「システム設計」の観点から評価して、何が何でも成功させて欲しいとエールを送った。また、復興予算に関しては、元に戻すまでを政府の予算で、つまり無償で行い、そこから先にある、付加価値を付けるための産業投資は自治体の役割、と、原則を定めても良いのではないかと意見を述べた。
  最後に、出口光一郎会長が、(時間の都合で)閉会のあいさつを兼ねたコメントを求められ、次のように述べた。「今回は、災害現場の抱える大変に重いテーマについて話を聞かせて頂いた。横幹連合では、独自の震災克服調査研究として、これまでに『生活における社会の強靭性の強化』『経営の高度化と強靭性の強化』『環境保全とエネルギー供給における強靭性の強化』についての研究を行ない、報告も作成した。今回のような重いテーマについても、学会の連合として取り組んでゆきたい。市長はじめ皆さまには、ただただ頑張って下さいと申し上げたい」と述べて、技術フォーラムを締めくくった。
  また、産業技術総合研究所スマートライフケアコンソーシアムからは、「横幹技術フォーラム」の会場を提供して頂いたことへの感謝が述べられると共に、今後、先ほどのビデオを含めた「気仙沼~絆~プロジェクト」などの報告を、産総研の「生きる絆」ホームページ に公開して行くので、ぜひご覧頂きたいと発言があり、今回の横幹技術フォーラムは参加者に深い感銘を与えて終了した。

(文責:編集室)



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