横幹連合ニュースレター
No.041 May 2015

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
地域創生:横幹科学技術からの貢献が期待される新たな場
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舩橋 誠壽 横幹連合副会長
北陸先端科学技術大学院大学 シニアプロフェッサー
■活動紹介■
●第43回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
【参加学会の横顔】 掲載ページ一覧
■イベント紹介■
◆第45回横幹技術フォーラム
●第6回横幹連合コンファレンス

■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.041 May 2015

◆活動紹介


【活動紹介】  第43回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「経営高度化のための統合リスクマネジメント経営の考察」
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第43回横幹技術フォーラム

総合テーマ:「経営高度化のための統合リスクマネジメント経営の考察」
【企画趣旨】 企業におけるリスクマネジメントについては、それを「守りの経営」と捉えるだけではなく、そのリスクを「積極的な経営戦略を取る」と考える立場からも分析することが、経営の高度化にとって重要である。このため、横幹連合では「リスクマネジメントと経営高度化」についての調査研究会(主査:森雅俊)を組織し、事例となる企業を巻き込んで「社会の複雑化や多様化やグローバル化に対応できる経営高度化の仕組み、またそのシステム、そして、BCP(事業継続計画)を含むリクマネジメントを企業経営に取り込ためのフレームワーク、またその手法」に関する調査研究を、2012年4月から2014年3月まで実施した。
  本フォーラムでは、本調査研究会における成果に関して参加メンバーから、プロジェクトの経過と、統合リスクマネジメントの考え方や手法について報告する。更に、主要企業の未来志向的な「統合報告書」の内容を分析することなどにより、経営の高度化についての議論を深める。

日時: 2014年10月10日
会場: 日本大学経済学部 7号館(JR水道橋駅)
主催: 横幹技術協議会、横幹連合

◆総合司会 飯島俊文
◆開会あいさつ 出口光一郎(横幹連合 会長)

◆講演1「経営高度化の統合リスクマネジメント経営と導入プロジェクト」
 森雅俊(千葉工業大学教授)
◆講演2「リスクの分析と評価のトータル・アプローチ」
 田中久司(アークス研究所代表)
<休憩> 
◆講演3「統合報告の動向と経営高度化の関連」
 石島隆(法政大学教授)
◆講演4「イノベーション・マネジメントのための目的工学と連環データ分析」
 唐澤英安(データ・ケーキベーカ株式会社代表取締役)
◆パネルディスカッション
 モデレーター:森雅俊
 パネラー:石島隆、田中久司、唐澤英安

◆閉会あいさつ 大場允晶(横幹技術協議会 副会長)

(敬称略)

プログラム詳細のページは こちら

【活動紹介】

  2014年10月10日、日本大学経済学部 7号館において、第43回横幹技術フォーラム「経営高度化のための統合リスクマネジメント経営の考察」が開催された。今回の技術フォーラムの狙いについて、大場允晶氏(横幹技術協議会副会長)が「閉会のあいさつ」で要を得た紹介をされたので、最初にそれをご紹介したい。
   「3.11の東日本大震災から、早くも 3年半が経過した。2011年5月の横幹連合理事会声明『震災の克服と強靭な社会の再構築に向けて』が発表され、横幹連合会員学会による『震災克服研究の連携活動』が、15学会から、およそ60名の参加登録を得て活発に行なわれた。すなわち、
(1) 生活における社会の強靭性の強化(WG-A)
(2) 経営の高度化と強靭性の強化(WG-B)
(3) 環境保全とエネルギー供給における強靭性の強化(WG-C)
という 3つのワーキンググループ(WG)がその活動である。このうちの『WG-B』のサブグループ『リスクマネジメントを取り入れた企業経営の高度化』が母体となって、今回講演された『リスクマネジメントと経営高度化』調査研究会が組織された。松井正之氏(電気通信大学)や椿広計氏(統計数理研究所)らの研究グループが 2009年から進めてこられた研究(知の統合による「経営の高度化」、シナリオ経営とリアルタイム経営)を、森雅俊氏(千葉工業大学)が『統合リスクマネジメント経営』という観点から引き継ぎ、本日の技術フォーラムでは、従来は『危機』としてのみ受け取られてきた『リスク』と、その守りを、攻めの経営戦略とも統合して実施する『統合リスクマネジメント経営』についての、リスク俯瞰図、統合政策、そのプロセスなどが発表された。講演された皆さまに、感謝を申し上げたい。」大場氏は、本技術フォーラムについて、調査研究会の成立の経緯を含めて、このように紹介した。

  ところで、「統合リスクマネジメント経営」という言葉は、そもそも、あまり耳に馴染みのない用語ではないだろうか。
  ERM(Enterprise Risk Management)「統合リスクマネジメント経営」については、COSO-ERM(2004年)や、ISO(JISQ)31000(2009年)などにその規定がされているという。COSO-ERM、ISO31000 については後述するが、COSO-ERMは、米国トレッドウェイ委員会支援組織委員会=COSO が設定したERMで、一般企業の抱えているリスクに関する内部統制のためのフレームワークであり、ISO31000=JISQ31000は、リスクマネジメントの手法全般についてのガイドラインであるという。「内部統制が取れている」という言葉には、企業の業務が適正に行われており、不正操作や隠ぺいなどが行なわれていない事などを内部監査などを通じて確認・確保できるシステムが社内に用意されている、という意味があるそうだ。従って、「統合リスクマネジメント」という言葉には、「企業の抱える様々なリスクを、組織全体で管理することやその手法」という意味があるとされる。
  ここで、企業を取り巻く「リスク」に関して、最近の新聞などで目にする内容を思い出してみると、「顧客情報の漏えい、製品の自主回収の遅れなど顧客対応の不備、財務報告書の虚偽記載」などがすぐに思い浮かぶ。どちらかといえば、後ろ向き(守り)の問題で、リスク、つまり「組織の収益や損失に影響を与える不確実性」から企業をどう守るか、に関するものが多い。これらは「内部リスク」の事例だが、この他「守り」のリスクには、例えば、「自然災害によって工場が損壊した」「主力新商品の発売時期が他社製品にぶつかった」などの「外部リスク」が挙げられるそうだ。しかし、組織の抱えるリスクには、守りのリスクと同時に、「攻め」のリスクがあるのだという。「新商品の開発」とか「経営戦略に従って販路を広げる事」などの「戦略的リスク」が攻めのリスクにあたるそうだ。実は、戦略的な攻めのリスクを取る事がまさに、企業の存在理由そのものであるとする見方があって(講演4で説明される)、守りと攻めの両方を含めた企業のリスク管理を、従来のリスクマネジメント経営と区別して「統合リスクマネジメント経営」と呼ぶことが増えてきたそうだ。
  「本調査研究会では 2012年-2014年の活動として、「統合リスクマネジメント経営」を国内の一般企業が経営に取り入れるための手法や、ステークホルダー(利害関係者)が企業の抱えているリスクを簡便に把握する方法について(合宿なども含めて)積極的に研究してきたという。本技術フォーラムでは、その研究の成果を中心に発表が行なわれた。

  しかしながら、この「攻め」のリスクテイクには、日本人にとって少し意外な考え方も含まれている。
① 企業がその本業で、リスクテイクな投資をして、その結果、大きな利得を得る。これは、極めて分かり易いリスクテイクの例である。
② しかし、企業が利益を追求するだけではなく、社会に対して責任を果たし、社会とともに持続的に発展して行く存在である事を考えると、企業の活動によって、例えば、地球環境を悪化させたり、不祥事で社会から非難を受けてしまっては、本末転倒の大きな損害が生じる。これに関しては「統合報告書」などを積極的に公開して企業から情報を発信し(これがリスクテイクに当たると考えられているそうだ)、「社外のステークホルダーの視点から見て、望ましい」と思えるようなその企業の企業像を、全社が協力して実現させて行く必要があるという。本活動紹介では、これは、講演3 で解説される。
③ 更に、短期的な利益を過度に追求した結果、経営陣が、職場の本業における創造力やモチベーション、職場の信頼感などを失わせてしまうことも、中長期に株式を保有するステークホルダーを保護する観点からは、企業価値の発生源(無形資産)を侵すリスクであるとされるという。
  森氏を主査とする「リスクマネジメントと経営高度化」調査研究会では、こうした考え方を踏まえて、「統合リスクマネジメント経営」のプロセスと手順の明確化を行なったという。そのために、包括的な「リスク俯瞰図」を作成し、実践的な検証も行なったそうだ。森氏は特に、漏れのない「リスク俯瞰図」を作成することを心がけたという。講演1で、森氏は、「統合リスクマネジメント経営」に関する包括的な紹介を行なうとともに、同時に、BCPについても言及した。BCPとは「事業継続計画、Business Continuity Plan」のことで、企業が自然災害などの緊急事態に遭遇した際に、事業資産の損害を最小限にとどめ、中核となる事業の継続や早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時の手段などを取り決めておく「計画書」のことである。(こちらも、後述する。)

  さて、本業においてリスクテイクをする事が企業の本来あるべき姿だ、と「そもそも論」を持ち出されても、収益や損失に影響を与える「不確実性」こそがリスクなのだから、投資に失敗すれば投資したお金は絶対に戻って来ない。そこで、「リスク選好」という考え方が企業においては必要になるそうだ。その詳しい内容が、森氏と田中久司氏(アークス研究所、講演2)から解説された。「リスク選好」というのは、「事業体が積極的・意図的に、企業価値を追求するために取るリスクの大きさ」のことであるという。
  この「リスク選好」に関して COSO-ERMには、① 企業の場合、これは「リスク合計 vs.体力(資本規模)」を満足する条件下での、企業価値の最大化を目指す行動となる、と説明されているという。つまり、仮に、想定された内の最大限の損失を被ってしまった場合でも、そのリスクの合計が資本規模と比較(vs.)して、資本規模内に収まっていれば、企業は倒産をまぬがれる。銀行や証券業界では特に、組織が倒産した場合の社会的な影響が大きいため、体力を超える危険なリスクテイクが禁止されるという国際ルールが新聞で良く報じられている。しかしまた、逆に、体力は充分あるのに最大限の投資を行なわなかった、という経営判断が明らかになれば、想定される最大の収益に対して機会損失を生じた、とステークホルダーから非難されることにもなるのだという。この他、COSO-ERMの「リスク選好」には、② 望ましい事業構成(経営資源の配分)を考えておく、③ 取っても良いリスクと、避けるべきリスクを明確にする、④ 資金調達/資金繰り/資本規模を勘案する、⑤ 想定すべき非常時(BCPなど)について考えておく、ことなどが挙げられているそうだ。

  田中氏は、リスク選好の話題の他に、生じ得るリスクの総量を評価するための PSA(確率論的安全評価、Probabilistic Safety Assessment)や、統計分析フリーソフト「R」について、詳しく、講演2 の中で紹介した。
  統計分析フリーソフト「R」 を用いたリスク分析という手法の優れた点は、何より、「統計」に関して多少の知識のある人なら比較的簡単に使いこなすことができそうだ、という点にあるだろう。ここで田中氏は、海運会社の損益項目とリスク事象との相関を調べるという堅いテーマから、信じられないような面白い結論を引き出している。田中氏は、先ず、日本郵船株式会社のホームページに掲載されている過去の「ファクトブック」などを参照して、公開されている同社の「リスク事象」について、いくつかにグルーピング化(因果関係の見える化)をしてみたのだという。繰り返すが、公開された情報だけに基づく分析である。
  そして、① 「R」言語というオープンソース・フリーソフトウェアの統計解析向けプログラミング言語を用いて、データの相関係数を見るための行列式を組み、② 公開されていた10年分の財務データからチョイスして、日本郵船各部門の売上高の推移などを(学生たちの作業で)機械的に投入してみたところ、③ 海運にともなうリスク事象の外生変数・戦略変数・操業変数・損益変数(これら変数の意味は省略する)の間に明瞭な相関関係が浮かび上がってきたという。それで、田中氏は、この作業を行なった結果として、「リーマンショック前後で日本郵船の操業の営業方針には大きな変化が見られる。それまでは、成長戦略が取られていたのだが、リーマンショック後には現状維持に(リスクテイクの)方針が変更されたらしい」と、エビデンス(データの相関係数)を通して推定することができたと述べた。(ただし、これは、あくまでも田中氏個人の見解であるという。)
  この研究が素晴らしいのは、次の点である。① 公開されたデータだけを使って分析している事、② ある企業のリスク事象が適性に分類されていれば、「R」言語のような比較的簡便なツールで、その企業がどのようなリスクテイクを行なったかが売上高の推移などから推測できると明らかにした事、そして、③ この手法は、学習するか、またはツールが汎用化されることで、誰にでも、社外のステークホルダーにでも使いこなせる手法だという事である。田中氏によれば、この手法はまた、ビッグデータを用いて計算することができれば、世界全体の景気動向予報の速報などにも活用することができるかも知れない、との事であった。続報を期待したい。
  この他に、田中氏は講演2 の中で、格付け機関である S&P社が企業を格付けする際に採用しているリスクの模式図や、COSO-ERMの構成要素などについても概説した。(確率論的安全評価 PSAについては、後述する。)

  なお、ここまでにご紹介した「統合リスクマネジメント経営」や「リスク選好」については、
COSO-ERM(2004年):米国COSO の設定した、一般企業のリスクに関する内部統制のためのフレームワーク
ISO(JISQ)31000(2009年):企業に限らず多方面に使用できる、リスクマネジメント手法のガイドライン
のウェブサイトで参照することができる。
  ちなみに、BCP(事業継続計画)については、第31回の横幹技術フォーラム(横幹ニュースレター No.27に掲載)で取り上げられている。ご参照頂きたい。

  それでは、企業のステークホルダーの立場からは、各企業で、こうしたリスクマネジメントの手法が正しく行なわれているかどうかを、どんな風に確認すれば良いのだろう。田中氏のようなリスク分析の専門家であれば、過去10年間の気になる企業の「ファクトブック」を自在に分析して、社内でどんなリスク選好の経営戦略が行なわれたかを推測する、といったこともできるのだろうが、一般の我々にはそういう訳には行かない。
  当該企業が(4半期毎といった短期の経営実績ではなく)中期・長期の戦略目標をどのように組立てて取り組んでいるのか、また、中長期目標は日々の会社の運営にどう落とし込まれて、経営の高度化と強靭性の強化が図られているのか、こうした内容に関する公開情報は少ない。財務情報だけを開示している有価証券報告書や決算短信などの資料には(当然の話だが)記載すらないという。それでは、どうすれば良いのか。このためには、ステークホルダーとしては、企業の「コーポレートガバナンス報告書」や「会社案内」「CSR報告書」などを独自に入手して、そこから読み解いて行くしか方法は無いそうだ。ちなみに、CSR報告書というのは、企業が社会に対する責任を果たし、社会とともに発展して行くための活動の全般を記した報告書のことで、その企業の環境、労働、安全衛生、社会貢献などに関する情報を幅広く公開しているという。
  講演3 では、製造業の各業種から代表的な企業が選ばれたとのことで、TOTOグループ、リコーグループ、武田薬品工業、三菱ケミカルホールディングス、オムロンの「統合報告書」の一部が紹介されて、その読み解き方が解説された。
  この「統合報告書」については、その書式のひな形が、次の二つの提言の中に提案されているという。  一つは、国際統合報告評議会( IIRC、International Integrated Reporting Council )の「国際統合報告フレームワーク」。日本語訳も用意されている。
  もう一つは、経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書である(座長の名前を取って「伊藤レポート」と通称されている)。
  しかし、ここに記されているのは「フレームワーク」についての指針なので、実際の記述方法は各社に任されている。例えば、TOTOグループの場合は、「コーポレートレポート2014」がそのホームページの「TOTOについて」の頁に掲載されている。
  石島氏は、この統合報告書を読んで、「TOTOは、どんな会社か? どこに向かうのか? 企業価値を支える力は何か」について平易な言葉で記されていることなどを高く評価している。このほか、リコーグループ サステナビリティレポート2014武田薬品工業 Annual Report 2014三菱ケミカルホールディングス KAITEKIレポート2014オムロン 統合レポート2014について、その内容の一部が紹介された。
  氏は、これらの統合報告書を精査して、こうした先進的な取り組みを行なっている企業では、
① 企業の経営理念が、企業内はもちろん、ステークホルダーとの間にも共有されている
② 経営に、外部のステークホルダーの視点が取り入れられている
③ 外部ステークホルダーの視点が取り入れられて、重要課題の優先順位づけがされている
④ 事業(本業)による企業価値創造と、CSRによる企業価値保全の評価指標の設定がなされている
⑤ 社会に対する(企業のあり方、製品などの)コミットメントと、社会からの評価などが記されている
ことなどを、その特徴として指摘した。ちなみに、最近では、経営に関して、外部のステークホルダーの視点や、外から見た企業像の適正化が必要だという事で、社外取締役に適切な人材を選任して、その意見を重視するという企業が明らかに急増しているという。

  講演4 の唐澤英安氏(データ・ケーキベーカ株式会社)は上記の調査研究会のメンバーでは無かったのだが、企業の「戦略的リスク」への取り組みに関して、これまでのソニーでの経験などを踏まえて、とても熱く講演した。
  唐澤氏によれば、企業の次世代の柱になるような画期的な製品の開発に際しては、試作の頃に社内から「猛烈な」反対に合うことの方が多いという。これを「なにくそ」という気概で、上司や経営陣の目を盗んで、粘り強く製品にまとめあげてゆく熱意が開発者には必要なのだそうだ。今回の技術フォーラムでは、少しだけしか言及されなかったのだが、ソニーの有名なトリニトロン方式のカラーテレビについても、その開発途上には技術的な問題点があって、経営的な観点から経営陣は「これ以上の時間は掛けられない」と判断して、既存の別方式を採用する準備が始められていたそうだ。しかし、技術上のブレークスルーが得られて障害が解決したことから、このカラーテレビは「ソニー製品」の販路が世界に広がって行く重要な足がかりになった。このとき、井深大氏は、トリニトロンの電子銃の技術について「スジが良い」と評していたのだという。
  ここで、唐澤氏は、戦略的リスクのような「攻め」のリスクに関しては、「スジの良い、明確で強い目標」が必要であることを強調した。「スジの良い強い目標」が定まれば、頼まなくても協力者があらわれて障害を解決してくれる、といったことも良く起きるそうだ。井深氏が評した「スジの良い」目標というのは、次のような目標だという。
① 未来に対して(新しい価値を提供するなど)素直な発展性がある。
② 明快で単純で技術的なブレークスルーがあり(今後に)継続(継承)できる。
③ 技術の進歩や進化が、その努力に従って(関連機器などに発展の可能性を与えるなど)比例的に発展してゆくことができる。

  ここで、唐澤氏は、「企業」( Enterprise=大胆な企てという意味がある)にとっては、Project(大型の企画)を行なう行為、つまり、戦略的な「攻め」のリスクを取る行動こそが、本来の企業の存在理由であると強く訴えた。企業が、攻めのリスクテイクをしないという場合は、そのまま衰退につながるのだという。そして、「組織の生理学」は、必ず組織の「分断」を生じるので、改革に際してもそれを職務にする官僚を生んでしまう。しかし、企業がプロジェクトを行なって、スジの良い目標を持った革新が断行されることで、企業の存在価値は内部から再活性されるのだそうだ。
  あれ? 先ほどの講演3 でも、石島氏が同じことを言っておられた記憶がある。
  「統合報告書」の作成というリスクマネジメントが上手くできている企業に見られる共通点は、講演3 では、「① 企業の経営理念が、企業内はもちろん、ステークホルダーとの間にも共有されている」事だった。これは、その経営理念が、スジの良い強い目標だったので、社内では適切な中長期計画に落とし込むことができ、そして、CSRによる企業価値保全の行動に賛同者が自然に参集したという事だったのかも知れない。
  紹介された各社の、「社是」「経営理念」などは、次の通りである。

○ TOTOグループ「社是」:「奉仕の精神でお客様の生活文化の向上に貢献し、一致協力して社会の発展に貢献す」
○ リコーグループ「創業の精神」:「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」
         「経営理念」:私たちの使命 ● 顧客に対する使命
   人と情報のかかわりの中で、世の中の役に立つ新しい価値を生み出し、提供しつづける
                       ● 社会に対する使命
   かけがえのない地球を守るとともに、持続可能な社会づくりに責任を果す
○ 武田薬品工業「ミッション」(私たちの存在理由):「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」
○ 三菱ケミカルホールディングス「グループ理念」:「Good Chemistry for Tomorrow」(“Chemistry”には、“化学”のほかに“物と物、人と人、人と物との相性・関係・つながり”という意味があります。MCHCグループは、この意味を「人、社会、そして地球環境のより良い関係を創るために。」という企業姿勢に込め、グループ理念 Good Chemistry for Tomorrowとして表現しています。)
○ オムロン株式会社「社憲」:「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」
         「基本理念」:「企業は社会の公器である」

  唐澤氏の講演から、少し話がそれた。唐澤氏は、「スジの良い、明確で強い目標」があれば、それに共感する人たちが、自発的にプロジェクトに参加して、それが「組織」という硬直化・固まる性質を持ったシステムに「革新」を導きこみ、再活性させると述べた。ちなみに、デミング博士の「Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)」の有名な「Kaizen」のサイクルも、最後の「Act」は本来「Break」(革新)であったと唐澤氏は指摘した。
  これは、ここでは少々余談になるのだが、唐澤氏の紹介した挿話が大変に面白いものだったので、あえて載せておきたい。「統計的品質管理の父」ウォルター・シューハートは、デミングの師であったという。デミングが、シューハートの「P→ D→ C」図に「A」を加えた時、シューハートはデミングに対して「破門する」と怒り狂ったそうだ。この時、二人の関係を修復したのが数理統計学の大先達、坂元平八だったという。坂元は、双方の家に泊り込んで論点を整理し、シューハートが「不良品が出たら製造ライン Dを作り直せ」と言っていた事に関して、「デミングさん。あなた、もしかしたら製造ライン Dの前の設計段階 Pから見直せ、と言いたかったんじゃないのか?」と尋ねたところ、デミングが「そうだ」と答えたので、すぐにデミングを連れてシューハートの家に行き、ふたりでシューハートを説き伏せた。これが、PDCAの誕生の瞬間であったそうなのだが・・・(文中敬称略)、「だから、」と唐澤氏はこれに言葉を続けて「PDCAの Aは、A Actionではなく、B Break(つまり、Kaizen ではなく Kakusin)と書いた方がこの言葉の意味からは良かったのです。組織にとっては、ぬるい改善ではなく『革新』が必要なのだという事が、このことからも分かると思います」と断言した。

  結論として、唐澤氏は次のように述べている。
① 「組織の生理学」は、必ず「分断」を生じ、改革のためにも「改革を仕事とする官僚」を生む。しかし、企業が「スジの良い強い目標を持った」イノベーション(革新)を繰り返せば、組織は再活性する。それができなければ、その組織は必ず衰退する。
② つまり、企業「組織」には「経営資源を継承して、品質の安定した商品を効率良く提供する堅固な体質」と「新商品開発などの革新が行なわれて企業価値を高める柔らかいシステム」という矛盾が、同時に存在する必要がある。こうした企業のディレンマから逃れるために、スジの良い強い目標を持った革新(Project)が定期的に必要である。それ以外の(このリスクの)解決方法は無い。このようにして「革新」は社内に根付き、それが企業価値を更に高めるのだという。
③ それから、これは今回詳述されなかったが、プロジェクトに際して「適切な目標設定やコンセプトデザイン」を行なうために、唐澤氏は「F‐デシジョンツリー・チャート」や、データ&テキストマイニングツールの「連環データ分析」などを開発したという。このツールは、例えば、地ビールのブランディング・イメージ(顧客の感じるそのブランドに対するイメージ)の最適化のためなどに活用できるそうだ。この手法を用いれば、想定された前提条件の下の「目標や利得の最大値」を最大にできて、同時に「最悪リスクの損失最大値」を最小にする、そうした理想的な目的値の設定が可能になるのだという。唐澤氏の講演内容は、いずれも現場の新商品の開発体験に根付いており、非常に具体的かつ明晰なものであった。
  「結局は、P/L、B/S といった『過去の天気図』をいくら官僚的に眺めていても、明日の天気が予報できるものではありません。企業の中で、リスクテイクを行なって、顧客から見た企業価値を最大化させられるのは、目標に真摯に向きあっている社内の革新者だけなのです」と唐澤氏は、非常に正しい正論を述べて、この印象的な講演を終えた。
  ちなみに、「企業におけるリスクマネジメント経営」は横幹技術フォーラムでは盛んに議論が行なわれてきたテーマで、ビジネスゲームやエージェントベース・シミュレーション、事業継続計画(BCP)までを範囲に含めると、今回を含めてこれまでに15回行なわれている。(横幹技術フォーラム第9、15、17、18、19、21、22、23、28、30、31、32、40、41、43回。震災対応の社会システムの回などは除いた。)

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  さて、重要な話題が一つ、最後に残った。福島第一原子力発電所事故に関する話題を含む内容だったので、論点が一般企業についてのリスクから離れることを懸念して、ここまで触れられなかったのだ。田中久司氏は、講演2 の中で、リスク選好、統計分析フリーソフト「R」の他に、確率論的安全評価 PSAについて詳しく紹介している。
  PSAは、生じる可能性のあるすべての事象の発生確率を考慮して、人工物や人間の行為における安全性を、確率論的・数量的に評価・分析するための手法であるという。この手法は、特に、福島第一などの原子炉の事故に関連して最近言及されることが多く、注目されている。ちなみに「富士フイルム株式会社」という企業は、「フイルムが世の中から無くなる」という事象を確率的に PSAとして事前に検討しており、そうなった場合の事業計画を事前に立てていたことから、現在でも、写真システムや化粧品、健康食品などを主力商品とすることで、この企業は存続しているのだという。
  ところで、最後のパネルディスカッションで、出口光一郎 横幹連合会長は、一連の議論に関してコメントを求められて、次のように自身の着想を述べた。「外部リスクである『大震災』などは、いきなりの出来事で制御の仕様が無い。しかし、戦略的リスクを確率論的に評価することに関して言えは、例えば、金融業の世界では、その業態に固有のハイリスク・ハイリターンといった考え方が存在する。そこで、PSA についても、それを制御工学的に捉えて、例えば、各地の原発のリスクを『レベル幾つ』のような数値にして確率的に比較することはできないだろうか。当該地域の住民が、この施設は『リスクがこのレベルで、経済性・効率性はこうなる』といった数値を代替エネルギーなどと比較できれば、『どのくらいのリスクレベルのエネルギーを、地域の社会インフラとして戦略的に選ぶのか』というテーマを立てて、企業は、地域住民や社外のステークホルダーたちとも話し合うことができるのではないだろうか。」
  出口会長が、パネルディスカッションでそうした発言をされたのには、その前段となる話題があった。田中氏が、講演2 の冒頭に、「確率論的安全評価 PSAの手法を用いて独自に試算してみた結果なのだが、3.11の前の時点にさかのぼって、津波が生じてメルトダウンに至る確率を計算してみると、24%という数値を得た」と自ら発言されていたのだ。そして、(リスク分析の観点から推測すると)「おそらく事前のチェック事項には、津波による全電源喪失が原因となるメルトダウンの想定が抜け落ちていたのだろう。仮に、3.11以前に、このリスク事象が考慮されていたと仮定して再度計算をしてみると、メルトダウンの確率は、ほぼ 0に下がった」と、この話は続いた。リスク分析のコンサルタントが、リスクがゼロだと指摘するのであれば、地域住民との今後の原子力施策に関する対話も内容が違ってくるのではないのか。出口会長が、各地の原発のリスクを PSAで比較すれば対話の材料として使える、と優れた着想を示された背景には、このような前段の指摘があったのだ。
  それでは、ここで参考までに、外部のステークホルダーが原発のリスク事象を PSAなどを使って検証するための資料が、どの程度、東京電力株式会社の「ファクトブック」などに掲載されているかを確認してみたい。・・・ しかし、これを見ての印象は、本報告を、ここまでまとめてきた編集子の個人的な印象であるが、「ものたりない」というのが正直な思いであった。編集子も、東電の顧客の一人なのだが ・・・。
  ともあれ、今回紹介された「統合リスクマネジメント経営」の新しい潮流というのは、企業にとっては、顧客や地域住民、そして外部のステークホルダーとの間で、これまでと違う新しい関係を築くことができる試金石になるという意味で貴重なのだろう。将来にそうした大きな期待の持てる今回の技術フォーラムであったことを、心から喜びたい。

(文責:編集室)

♯ なお、会誌「横幹」第9巻第1号 (Vol.9 No.1 Apr.2015、ミニ特集「リスクマネジメントと経営高度化」)に、次の3編が掲載されている。併せて、ご参照頂きたい。田中久司氏「総合リスクマネジメントのアプローチとケーススタディー(リスクと経営戦略)」、石島隆氏「総合報告と経営高度化の関連性 -サスティナブル経営の観点から-」、唐澤英安氏ほか「イノベーション・プロセス・テクノロジー序説 連環データ分析と目的工業からのアプローチ」。



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