横幹連合ニュースレター
No.043 Nov 2015

<<目次>> 

>■巻頭メッセージ■
技の伝承の新展開に向けて
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第6回横幹連合コンファレンス 大会実行委員長
名古屋工業大学名誉教授 藤本 英雄
■活動紹介■
●第45回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
【参加学会の横顔】 掲載ページ一覧
■イベント紹介■
◆第6回横幹連合コンファレンス

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横幹連合ニュースレター

No.043 Nov 2015

◆活動紹介


【活動紹介】  第45回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「システムデザイン力を展望する」
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第45回横幹技術フォーラム

総合テーマ:「システムデザイン力を展望する」
【企画趣旨】 いま、われわれは、様々なシステムに取り囲まれて生活をしている。新たな価値創造を求めて、新しいシステムの構築が目指されているが、それらの構想をどのように創りあげるか、システムデザインが大きな課題である。国として、企業として、世界に共感を得るシステムの構想を創りあげ、叡智を呼び込むことが重要な時代になっている。
  本フォーラムでは、これまでに培われてきた、優れた「システム構築」の概念と方法論を俯瞰するとともに、この発展として、どのようにシステムデザインに取り組んで行くべきか、議論を通じてその道筋を発見することを目指している。

日時: 2015年7月2日
会場: 日本大学経済学部7号館講堂
主催: 横幹技術協議会、横幹連合

◆総合司会 舩橋誠壽(北陸先端大)
◆開会あいさつ 桑原洋(横幹技術協議会 会長)

◆講演1「デザイン思考 -システム構想力の一つの姿-」
 田浦俊春(神戸大学教授)
◆講演2「社会イノベーション事業におけるデザインアプローチ」
 古谷純(㈱日立製作所 主管デザイナー)
◆講演3「システムデザインにおけるシステムの構造分析と俯瞰」
 青山和浩(東京大学教授)
◆講演4「システム合成のためのスーパーストラクチャ―」
 長谷部伸治(京都大学教授)
◆パネルディスカッション

◆閉会あいさつ 出口光一郎(横幹連合 会長)

(敬称略)

プログラム詳細のページは こちら

【活動紹介】

  2015年7月2日、日本大学経済学部7号館講堂において、第45回横幹技術フォーラム「システムデザイン力を展望する」が開催された。今回の横幹技術フォーラムは、近年のデザイン思考やシステム構築について、その動向を知ることのできる大変に貴重な機会となった。
  ここでは、先ず、講演2の「社会イノベーション事業におけるデザインアプローチ」からご紹介したい。講師の古谷純氏は、日立製作所デザイン本部での豊富な経験を有する、同社の主管デザイナーである。ここでは、同社の「エクスペリエンスデザイン」という手法を中心に、デザインアプローチの具体的な事例が報告された。
  同社のデザイン部では、もちろん、「単体」の家電製品について、その使いやすい形状を、この60年にわたってデザインしてきたという。しかし、(例えば、同社の「鉄道システム」の海外への販売においては、鉄道車両の設計・製造から、運行管理、監視制御、保守、課金までのノウハウを含めた「システムとしての製造・販売」が行なわれているというのだが、それと同様に、)① 機器「単体」のプロダクトデザインだけではなく、② そのユーザインタフェースのデザイン(インフォメーションデザイン、ユーザビリティ)や、③ 社会システムにおけるサービスデザインまでも含めて、幅広く、同社の「システムデザイン」として取り組んでいるそうだ。古谷氏は、ここで、こうしたデザインには「正解がない」ということと、そして、「試し打ちへの市場の反応」(プロトタイプデザインへの顧客の反応)を見て、さらに先の「その製品を使用する顧客の幸せの瞬間」を発見しようとしていることを強調した。「エクスペリエンスデザイン」は、顧客の側から見た最適解を発見するために開発された手法で、例えば、銀行の新しい店舗設計に際しても、使いやすいユーザインタフェースのATM機器が設計・製造できれば仕事が終わり、とするのではなく、その店舗への来客が、最初は、新しい金融商品に対して知識が無いという状態から、店舗スタッフと言葉を交わすことで金融商品の知識を得(て購入す)る、という一連のシナリオを考えて、そのシナリオに沿った来店誘致強化のための店舗設計が行なわれていることなどを紹介した。(同社ホームページ「お客さまの経験価値をデザインする Experience Design」を参照して頂きたい。)
  ここで、あえて付言するならば、「産」の側からの、横幹連合の「学」に対する要請というのが、このような「顧客が体験するイベント(コト)」のシナリオ作りの場合などの「システムデザイン」の理解(コトつくり)に必要な理論の確立であるということを、技術フォーラムでは看過すべきでは無いだろう。最後のパネルディスカッションでも、古谷氏は、「あるべきデザインではなく、ありたいデザイン」が重要であることを指摘した。例えば、「柏の葉スマートシティ」におけるスマート都市の実証実験でも、その地域の一般家庭における電力使用量が「家電単位で可視化」されて、日常の行動とエネルギーの消費金額が具体的に結びついた結果、そこに生活する人たちの省エネ意識が目に見えて向上したのだという。これは、「こうありたい」と思われる結果が実装されたデザインの例だったと言えるのではないだろうか。
  ここでは、古谷氏は、デザインには、① 製品などの「意匠」(プロダクトデザイン)と、② 何かの目的を達成するための「計画」の二つの意味があることを強調した。ちなみに、現在の「デザイン思考」の流れは2006年頃から始まっており、「人々が生活の中で何を欲し、何を必要とするか」を製品の製造・包装・マーケティング・販売・アフターサービスについて徹底的に理解してイノベーションに活力を与えようとする、ティム・ブラウンの提言から注目され始めたものだという。ティム・ブラウンとは、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEO社のCEOで、アップル社の初期のマウスや無印良品の壁掛け式CDプレーヤーのデザインなどで知られるIDEO社の創業者デイヴィッド・ケリーの仕事を引き継いだ人物である。世界の大企業が、ティム・ブラウンの「デザイン思考」を事業戦略に導入していると言われている。

  また、講演4の「システム合成のためのスーパーストラクチャー」では、京都大学教授の長谷部伸治氏が、大規模な化学プラントなどにおけるシステム設計上の難問について、「スーパーストラクチャー」、つまり、「考慮すべきすべての構造を含んだ構造」を考えることで解決する、という手法について論じた。これは、大規模な化学プラントの構造を決定するための「プロセス設計」において、「プロセス合成」、つまり、そこで用いる装置の種類やその結合関係を決定する過程について、スーパーストラクチャーの構造をもとにその合成問題を(非)線形計画問題として定式化し、数理的に解決できるようにしたものであるという。これまでは、プロセス合成の意思決定を含む最適化問題については、経験や勘がものを言うアートの世界に近いとも呼ばれており、明確な構造決定の方式が存在していなかったという。(なお、長谷部研究室のホームページに、環境調和型プロセスの最適構造合成が紹介されている。)このフォーラムでは、長谷部氏は、この手法を石油精製やバイオマス(森林資源)のサプライチェーンの構築に応用する事例などを簡潔に紹介した。
  ちなみに、こうした大規模な化学システムのような、考慮するべき要素が極めて多く、組み合わせの制限もまた多様にあるというシステムにおいては、かえって、「設計の上流段階」の制約条件である「コストが安い」とか「環境への負荷が低い」といった制約事項が多ければ多いほど、デザイン上の問題点や検討の対象が明瞭に設定されて、デザイン思考が発揮されやすくなるのだという。

  さらに、講演3では、「システムデザインにおけるシステムの構造分析と俯瞰」と題して、青山和浩 東京大学教授が、DSM、MDMという画期的なデザイン技法について論じた。
  デザイン・ストラクチャー・マトリクス(DSM)法とは、複雑なシステムの設計・開発・管理を支援するモデリング技術の一つであるという。業務の流れを、マトリクスの形式に整理することで、手戻りなどの問題を可視化・分析できて、近年、欧州の企業を中心に使用が広がっているという。(講演に使われたものと近い資料が、こちらに掲示されている。)
  DSM法では、システムを構成する要素(たとえば業務の流れ)を、縦と横の表(マトリクス)形式に整理して「可視化」することによって、要素間の相互作用が明らかにされるので、そこで生じている問題や課題が分析できて、デザインマネジメントの手法としても重宝されるのだそうだ。DSMのモデルは、製品アーキテクチャ、組織アーキテクチャ、プロセスアーキテクチャなどの多くの領域の分析に応用できるという。従って、この手法を用いて効果の上がることが予想される産業分野は広範にわたり、例えば、自動車産業、航空宇宙産業、エレクトロニクス産業、建築、機械、製薬、政治組織などにも活用して、すでに多くの成果を挙げているという。解決された課題としては、例えば、システムインテグレーション、知識マネジメント、組織設計、プロジェクト計画、工程改善などに用いられて重宝されているそうだ。(ちなみに、最後のパネルディスカッションでは、会場の質問者から、日本でもDSMがトヨタや日産などで採用されており、自動車開発のプロセスばかりでなく、経営システムの効率も高めている事が指摘された。)
  さらに、マルチプルドメインマトリックス Multiple-Domain Matrix(MDM)法は、ミュンヘン工科大学 Udo Lindemann教授が開発したDSM法の一つで、プロジェクトに関する情報の依存関係を、複数のドメインによる複合的マトリックスとして記述する手法であるという。情報の依存関係が行列の形で可視化されているのだから、開発の途中の手戻りが少なくなるようにプロセスを組んでおけば、関連するフィールドだけをたどって行くことで効率よく工程が再構築できる。講演ではMDMの応用例として、システムLSIやソーラーボートの設計への展開が紹介された。
  ところで、講演のプレゼン資料にも示されていたように、例えば、システムエンジニアリングプロセス(IEEE1220)のアーキテクチャ設計における要求分析(上流工程)は、次のようなタスクで規定されているという。

  1. 顧客の期待の定義/2. プロジェクトと会社の制約の定義/3. 外部制約の定義/4. 運用シナリオの定義/5. 効果指標の定義/6. システム境界の定義/7. インタフェースの定義/8. 利用環境の定義/9. ライフサイクルプロセスのコンセプトの定義/10. 機能要求の定義/11. 性能要求の定義/12. 運用モードの定義/13. 技術性能指標/14. 物理特性の定義/15. ヒューマンファクターの定義/16. 要求ベースラインの確立

  青山氏によれば、こうした開発の上流工程は、モデルベース開発の「実用化の未解決領域」であるのだという。つまり、(講演2にからめて話を進めれば、)一般家庭における家電の電力使用量の可視化システムを企業が設計しようとした場合などでも、設計工程以降のモデリングをいくら精緻に構築しても、仮にだが、設計している途中で上流工程のコスト試算や「顧客の期待」の内容が変化したという場合には、全体が手戻り状態になってしまうというのである。ちなみに、講演2の古谷氏によれば、日立では、最初の要求仕様や顧客の体験を明確に記述する目的で、ちょうど民俗学者が現地の住民に交じって生活しながら生活の技法を習得するように、例えば、伝統工芸の製作技法を作者から直接、指導を受けて学習するといった研究方法で、仕様を明確にするように努力しているという。しかし、こうした方法にも限界はあって、例えば、アップル社のiPhoneのような、世の中にそれまで存在しなかった製品の要求仕様を構築するためには、全く別のアプローチが必要だ、ということにもなるのではないだろうか。


  こうした人工物の設計における難問を、アナリシスとシンセシスという観点から、明確に記述して見せたのが、講演1の田浦俊春 神戸大学教授による講演「デザイン思考 -システム構想力の一つの姿-」であった。
  ここでは、田浦氏は、また、デザイン思考のパラドックスとして、「デザイン思考は、問題解決や問題発見のための技法ではない」ことや、「デザイン思考は、デザインされた思考ではない」ことも強調している。どういうことかと言えば、(iPhoneのような)従来とは次元の異なる製品についての顧客満足の高いデザインは、従来製品を延長した目標設定からは得られないためで、つまり、「デザイン思考は、問題解決のための技法になり得ない」ということになる。また、予め計画されなかった思考(予めデザインされていない思考)が、時として重要な役割を演じて優れたデザインが生み出されるのだから、 「デザイン思考は、デザインされた思考ではない」というのである。
  (ちなみに、田浦氏と同じ意味で、パネルディスカッションの中で、講演2の古谷氏は、こう発言している。「分析や帰納に長けた工学者が”仮説”と言う時には、7割がたは当たっている、と考えているのだろうけれど、デザイナーが”仮説”と言うときには、じつは3割くらいしか当たっていないだろうと考えていて、残りは、現場で摺り合わせをしながら決めようと思っているのだから、話が全くかみ合わない」のだそうだ。)


 そうしたことが起きる理由は、田浦氏が作成したこの図を見れば、一目瞭然に理解できるのではないだろうか。(出口光一郎会長も、閉会の挨拶で、特にこの図に言及した上で講演者たちに謝意を述べている。)
  ここでは、
  ①「分析的なデザイン思考」と、
  ②「構成的なデザイン思考」という対極的な、例えば、製品開発における考え方が示されているのだが、
  ①は、アナリシス(対象を、部分や性質の要素に分けること)によるデザイン、
  ②は、シンセシスによるデザインの思考・手法であるのだという。
 ちなみに、synthesis というのは、既存のものを組み合わせて、まだ存在していないものごとをまとめあげること、という意味である。(注1) 

  ともあれ、ここで、①と②は、あらゆる点で対極的な傾向を持つようである。それは、① 演繹的、② 仮説生成的であるので、この世の中には、まだ存在していないものごとをまとめあげる力を持つのは ②の思考の側であるという。
  また、それは、① 手続き的知識、② 意味的知識でもあるので、②では内容の解釈に重きが置かれるという。
  それは、① 顕在=観察可能なものを扱うこと、と、② 潜在=未顕在のものを見つけ出す働きでもあるという。
  それは、① 問題解決と、② 理念追求、の傾向を示すという。
  また、それは、① 外発的動機(誰かに発注されたとか、顕在する問題への問題意識)から生じたデザインと、② 内発的動機(感性や価値観)から生じたデザイン、という違いを持つという。
  この最後の「内発的動機」に関して、田浦氏は、「踊るサチュロス像」を例として挙げた。これは、紀元前3~2世紀に作られたと思われる銅像で、1998年、シチリア島のマザーラ・デル・ヴァッロの漁港から出航した漁船の仕掛けた網に偶然引っかかって発見された。田浦氏は、この銅像が、仮に、どこかの神殿で飾るために誰かから「発注されて」既存の神像などを参考にして「演繹的に」鋳造された作品であったと(「仮に」考えたと)しても、人工物としての生命力に溢れた美しさは、作者の内発的な動機から表現されたものであるのは明らかだ、と論じた。つまり、②のデザイン思考は、このように優れた人工物を生み出す力を潜在させているというのである。

  ところで、桑原洋 横幹協議会会長は、最後のパネルディスカッションの中で発言して、「こういう言い方をすると身もふたもないのだが、仮にデザイン思考としては最適解が見つからなかったとしても、海外勢との優位競走において特許さえ取れていれば善しとする考え方もできる」と、興味深い見解を示した。桑原氏によれば、「じつは、日本が技術的に競走優位にあるとされる分野は、ほぼ決まっていて、原子力、電力(エネルギー)、環境、水(海水の淡水化)である」という。従って、「海水の淡水化などと同様に、高齢社会の都会の安全・安心においても、日本は、世界に先行して優れたシステムを構築する必要がある。一方、コンバインドサイクル発電システム(内燃力発電の排熱で汽力発電を行う複合発電方式)などでは、国内でも研究が長く続けられているというのに、毎年巨額の特許使用料をGEなどに支払っている。こうした分野では、システムデザイン思考を高めて、日本の競争優位を高める必要があるのだ。ここでやらなくちゃ、という所に力が入っていない。」「日本では、顧客に答を教えて貰って製品を納入している。これでは、デザインではなく、インプリメンテーションではないか。人工物のシステム設計に関しての理解が進んでいるとは、まだ言えない」と桑原会長は指摘した。こうした「産」からの要請に対する「学」からの応答は、次回以降の横幹技術フォーラムに投げかけられた課題となるだろう。
  ともあれ、近年のシステム構築やデザイン思考の様々な動きの中で、横幹的なアプローチが新しい風を呼び込むことを予感させる、大変に貴重な技術コンファレンスであった。

 (注1) この、シンセシス(既存のものを組み合わせて、まだ存在していないものごとをまとめあげること)による構成的なデザインの思考・手法については、吉川弘之名誉会長も第5回横幹連合コンファレンスの記念講演「領域の統合」の中で言及された。ここでの、「一般設計学」における綜合 synthesis についての説明と、レヴィ・ストロースのブリコラージュについての説明については、是非ご参照頂きたい。これらは横幹連合ニュースレター No.036 Feb 2014に掲載された「活動紹介の頁」の「注1」に解説されている。


(文責:編集室)



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