横幹連合ニュースレター
No.008, Dec. 2006

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
「学問の体系化と展開」
横幹連合 理事
安岡善文

■活動紹介■
【参加レポート】
●第1回横幹連合総合シンポジウム
●知の統合ワークショップ
●共生コミュニケーション支援調査研究会シンポジウム

■参加学会の横顔■
●社会・経済システム学会
●日本オペレーションズ・
リサーチ学会

■イベント紹介■
●「イノベーションにかかわる
知の融合調査」アンケート
●第14回横幹技術フォーラム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:

*  *  *

横幹連合ニュースレター
バックナンバー

横幹連合ニュースレター

No.008 Decsember 2006

◆活動紹介

 今回は、2006年10月と12月に開催された3つのイベントの参加者レポートをご紹介します。
第1回横幹連合総合シンポジウム「統合知の創成と展開を目指して」(12月1〜2日)
知の統合ワークショップ「横断型科学技術と数学」(10月23日)
共生コミュニケーション支援調査研究会シンポジウム
  「こころを結ぶ共生時代にむけた技術戦略を探る
   −人と人、人と人工物をとりもつ共生コミュニケーションとビジネスチャンス−」(10月14日) 


【参加レポート】第1回横幹連合総合シンポジウム

テーマ:「統合知の創成と展開を目指して」
日時:2006年12月1〜2日  会場:キャンパス・イノベーションセンター(東京・田町)
主催:横幹連合
プログラム詳細のページはこちら

■第1日目
 高橋 正人 氏
(情報通信研究機構、東京大学、
 日本バーチャルリアリティ学会)

 2006年12月1日(金)、2日(土)の2日間にわたり、キャンパス・イノベーションセンター(東京都港区)において、第1回横幹連合総合シンポジウムが開催された。今回の総合シンポジウムは、横幹連合を構成する会員学協会が、昨年11月、長野で一同に会した第1回横幹連合コンファレンスでの成果を踏まえ、「統合知の創生と展開を目指して」を全体のテーマに、学の連携、横の連携の強化を目標として開催された。筆者は両日に参加したが、ここでは初日についての参加報告を記したい。
 
 第1日目には、吉川弘之横幹連合会長による基調講演「人工物を考える−人工物観と横幹技術」が行われた。統合知の創生と展開の基礎を構成する真摯な議論が、機械工学を例に示され、真に有意義かつ貴重な講演であった。畏れつつではあるが、以下に要約を試みさせていただく。
 
 複動回転蒸気機関の生成を含め、新しい機械の誕生はその背後に、人間にとって価値のある(まだ実在しないが)想念として描くことのできる機械(作りたいもの)があったということを意味し、人工物が作る総体としての人工環境の究極の姿、つまり、その時代の「人工物観」の影響を受ける。だとすれば、逆に生成された人工物や、その時代の人工物を作る動機や技術を通じて、人工物観の歴史的な変遷を辿ることもできよう。将来、工学教育では、実用的な方法の側面同様、領域固有の人工物観の認識の側面も重視されると予想される。環境問題など現代的問題の解決には、過去の人工物観の点検と、新たな価値を持つ人工物観の樹立が必要である。その一環として、物質循環などの価値を入れ込んだ新しい人工物観の創生に、大きな決意を持って、取り組んでいる。それを基礎とする成果の実例として、物質循環を形成すべく、製造(生産)に対する逆製造(廃棄に係わる行動)や、社会的選択の中での使用に対する逆使用(使用結果の分析や次の製造のための準備行動)の概念を本質的構成要素とする新しい設計理論等が得られ始めている。諸領域でこのような取り組みの発生がみられると、横幹のエッセンスそのものに重なると期待している。
 
 以上のような、垂直方向への「大きな決意を持って」行う深化により、水平連携の共通価値基盤の醸成を試みるとの意義深い提案は、昨年の長野での第1回コンファレンスの内閣府総合科学技術会議柘植綾夫議員の特別講演を締め括る「横幹連合はわが国の科学技術創造におけるリーダーたれ」という激励への、学の世界からの極めて真摯な応答と位置づけられるようにも思われ、両講演を繋ぐ連続性にも感激を深めた。
 
 続くパネル討論「縦と横の連携が新たなイノベーションを拓く」では、日本の伝統的な工学を代表する学会のトップの方々に講演をいただいた後、学の連携や知の統合の実現とそれによるイノベーション創成の仕組みに関して、豊かでたいへん示唆に富む討論が行われた。
 パネリストとして情報処理学会副会長中島秀之氏(はこだて未来大学)、電気学会副会長滝沢照広氏(日立製作所)、土木学会会長濱田政則氏(早稲田大学)、日本機械学会会長笠木伸英氏(東京大学)、横幹連合副会長木村英紀氏(理化学研究所)を、司会者として安岡善文氏(横幹連合理事、東京大学)を迎え、わが国の学術界を牽引される錚々たるメンバーで行われたパネル討論は、活発で真に実り多いものとなった。
 具体的には、人間中心の情報処理系の視点、マルチスケール方法論の視点、大規模地震対策の成功要因の視点、学会の成長曲線の視点、第三の科学革命の視点など、現代的課題に対する優れた示唆が得られたことは真に幸いであった。同時に、問題意識の詳細化と共有に見事に成功し、将来に向けてたいへん良い印象を残したパネル討論であったと思う。直後の懇親会でも、この総合シンポジウムの重要性への理解が確実に共有されていることが感じられ、わが国のアカデミズムの底力に感激した。
 
 記念すべき第1回の横幹連合コンファレンスと総合シンポジウムが約1年の間隔を置いてそれぞれ長野と東京において開催されたが、幸い双方に参加できた。五輪の開催地に相当するのは不思議な偶然と思われるが、聖火が五輪の理念の象徴として継承されるように、横幹の当初のスピリットが大切に共有されていることには心を打たれた。わが国の自然科学・社会科学・人文科学の諸分野が、連携し、進むべき方向を考え、統合知を創出し展開してゆく貴重な討議に参加させていただけたことは真に幸いであった。ご関係の皆様に、心よりの感謝を申し上げたい。

このページのトップへ

■第2日目
 岡谷 大 氏
(東京農工大学、情報文化学会)

 第1回横幹連合総合シンポジウム第2日目(12月2日)には、横断知のコラボレーションを実践する9組のオーガナイズド・セッションと、特別セッションが行われた。ここでは、筆者が参加したセッションについて報告する。
 
●特別セッション【IV-1(S)】
 「横幹思考と技術ロードマッピングによる異分野技術の融合」

 横幹の飛躍点に立つともいえるこのセッションでは、まずオーガナイザの渡邊政嘉氏(経済産業省)より、活用が始まっている技術ロ−ドマップ(TRM)について全般の目的や、TRMによる政、財、学のコミュニケーション、目指すべき新分野の発見等の視点について言及された。また、問題点として具体的方法論の欠如、専門用語や文化の違いをどうするかが指摘され、横幹連合への期待が述べられた。
 これを承けて和田充雄氏(日本ロボット学会副会長、北海道大学)より日本ロボット学会におけるTRM作成の経過報告として、必要とされる技術の流れや(国民生活の面での)逆の流れ、更にこれらを統合する視点として、弱者に優しい機械、更にその背景である多様な人間の側面などについて説明された。ロボット三原則(アシモフ)も解説され、議論された。
 堀 浩一氏(人工知能学会副会長、東京大学)からは人工知能学会の歴史と、TRMの経過報告として、責任の所在を学会として明確にすること、行ってはならない研究とは、これからのロボット倫理学・社会学・心理学・哲学などが展望された。
 藤田祐志氏(日本人間工学会、テクノバ)からは、実践科学としての人間工学会の歴史とTRMの経過報告、人間の諸特性を理解した新たな「感性の実現」による人にやさしい工学や、異文化理解、潜在価値などについて言及された。
 そして、江尻正員氏(横幹連合副会長)から、これから今年度中に行う予定の横幹連合のとりくみが説明された。総合討論では、(1) TRMが目指す内容や、方法論が書かれていないという問題点、Facilitation(協働の促進)が難しい事などが指摘された。さらに、(2) ロードマップ作成の難しさ、(3) 異分野融合の方法論などが議論された。
 このセッションで横幹の今後を占う具体的で力強い予兆を感じたのは筆者だけではなかっただろう。
 
●オーガナイズド・セッション【I-2(C)】
 「大規模データの分類と解析技法-次世代型データマイニング技術の構築に向けて-」

 このセッションでは大規模デ−タの分類(類似性のマッチング)を基本軸として、以下の発表・討論がなされた(オーガナイザは、東洋大学 渡辺美智子氏)。
 まず鎌倉稔成氏(中央大学)よりテキストマイニング、webマイニング、DNAマイニングなどデータマイニングの裾野が広がったことの経緯や、システムへの具体例としてウイルスのネットワーク侵入検出の説明がなされ、ポイントとして、再帰性、データの可視化(部分から全体の類推)、層別化などの統計学とコンピュータサイエンスの融合について説明された。山西健司氏(NEC)からは、動的トピックの分析、文脈マイニング、ヘテロ分散協調トピックの分析などの最新の技術が解説され、これによる具体例としてTV番組のパターン分類、評判抽出の表示などの解説がなされた。ダイナミックで興味深い発表であった。
 山口和範氏(立教大学)からはPOSデータのセグメンテーションを中心に、分類、潜在クラスモデル、局所独立と距離などの解説がなされた。植野真臣氏(電気通信大学)からはベイジアンネットワークの大規模データへの応用を中心に、推論アルゴリズム、シミュレーション推論、分類の機能の話がなされた。鷲尾 隆氏(大阪大学)からは天文学や遺伝学におけるグラフマイニングを用いた因果構造ネットワーク導出や多次元デ−タの解析の解説がなされた。最後に、樋口知之氏(統計数理研究所)他よりシミュレ−ションと巨大デ−タの統合、データ同化などの説明がなされた。
 総合質疑ではアルゴリズムや計算機のパワー、適用場面、結果の解釈容易性などが議論された。かなり専門的な発表もあり、重厚な内容であったが、この分野の新しい動きを感じた。
 
オーガナイズド・セッション【I-3(A)】
 「社会問題の可視化への横幹的アプローチ」

 このセッションでは、社会問題における多様な可視化の試みが紹介された(オーガナイザは東京工業大学 妹尾 大氏)。
 まず山崎伸宏氏藤本正和氏(富士ゼロックス)より人位置情報システムによる可視化事例として、記録中の頻出語から抽出された「ITログ」により「会議室に誰と誰が一緒にいるかなどの状況」が可視化できたり、動態分析ができることなど、ITログで現在できていること、今後できそうなことなど、結果ではなく経過(企業組織の環境変化適合への支援)をターゲットとしていることが述べられた。課題としては、このシステムの人事・労務管理応用時のプライバシーなどの議論がなされた。さらに若林俊一郎氏(アビームコンサルティング)からは内部統制強化による組織の可視化の解説。竹田陽子氏(横浜国立大学)等による蓄積した技術の他人への説明というテーマの調査結果が発表された。これに関しては、調査における尺度、プレゼンテーションスキルとの違いなどについて議論された。最後に、潮田邦夫氏(日本コムシス)より、毎日別の「隣人が選べる」オープンなオフィスが構築でき、自分や部署の仕事の可視化により「誰が何をどうやっているか」が全員にわかるという、可視化された新しいオフィス・システム事例の興味深い解説がなされた。このシステムによりオフィスが活性化されたということもあって、活発な討論がなされ、印象深いセッションであった。
 
<以下は、文責 編集室>
 岡谷氏が報告された以外のセッションは、以下の通りである。
・「コトつくりのデザインと理論-社会知が組織する-」(オーガナイザ/学習院大学 遠藤 薫氏)
・「“災害”におけるスーパー横幹科学技術の視点」(オーガナイザ/東京大学 安岡善文氏)
・「形を通じた領域横断的知の活用」(オーガナイザ/東海大学 松浦 執氏)
・「横断型科学技術としてのSN比」(オーガナイザ/大阪大学 森田 浩氏)
・「人工物の高経年化対策に対する横幹的アプローチ」(オーガナイザ/東京大学 古田一雄氏)
・「横断型科学技術者育成の現状と課題」(オーガナイザ/慶應義塾大学 佐野 昭氏)
・「意思決定のためのシミュレーションモデル」(オーガナイザ/産業技術大学院大学 川田誠一氏)
いずれのセッションでも、縦、横の複合した視点から、大変活発な議論が行われた。
 
 ごく一部の内容を付記すると、「形を通じた領域横断的知」のセッションでは、ターミノロジー(領域固有の用語)が違って言語による理解が難しい異分野でも、形の認識をもとにして議論を行えば共通認識が得られやすいことを中心に、その例証ともなる議論が行われた。また、「災害」「高経年化」のセッションでは、災害における社会・医療・情報基盤や衛星観測のあり方、軽水炉・地下鉄トンネルなどの高経年化対策や非破壊検査の現状など、人工物を管理し被害を軽減する真摯な努力が詳しく論じられた。「技術者育成」では産業界や大学等の夫々の取り組みが、はば広く議論され、「シミュレーション」では材料・環境・サービス工学など広い領域から課題や可能性が紹介された。なかでも意欲的だったのは、通信や信号処理で常識のように使われている「SN比」という概念を、社会情報や統計的な方法に持ち込んでSN比に新しい光を当て、概念を横断的に検証しようとするセッションと、社会科学のアプローチを理工系の学問を含めて展開し、縦型の学会発表では捉え難かった人工物に関する問題点を「社会知」の観点から分析する有効性を検証したセッションで、横幹連合ならではの試みと感じられた。
 いずれのセッションも内容の充実した素晴らしいものであった。

このページのトップへ

【参加レポート】知の統合ワークショップ

テーマ:「横断型科学技術と数学」
日時:2006年10月23日  会場:キャンパス・イノベーションセンター(東京・田町)
主催:横幹連合
プログラム詳細のページはこちら

森田 浩 氏
(大阪大学、システム制御情報学会)

 「横断型科学技術と数学」というテーマの知の統合ワークショップが、10月23日に開催されました。「忘れられた科学-数学 〜主要国の数学研究を取り巻く状況及び我が国の科学における数学の必要性〜」という文部科学省科学技術政策研究所の最近のレポートが一般紙にも取り上げられるなど、「数理科学」の分野にいる筆者にとってもこれは切実なテーマであることから、あいにくの悪天候の雲の中をゆらゆら揺られつつ大阪から参加しました。著名な先生方のお話が伺えるのも、横幹連合の大きなメリットです(司会は東京大学 藤井眞理子氏)。
 
 最初の、小島定吉氏(東京工業大学)の講演では、Gauss賞を受賞された京都大学伊藤清氏の確率微分方程式やPerelman氏によるポアンカレ予想の解決など、数学者の立場から数学が社会に貢献した例が紹介されました。これらの研究の重要性が認められるまでには長い時間を要したり、問題が提示されてから100年掛かって解決したりしているのですが、数学者が研究している段階では、社会への貢献や応用といったことにあまり関心は払われず、研究が完結して共通言語としての数学による言葉がつくられた後に、その結果として、思いもよらなかった分野への架け橋や、他の分野でも使うことのできる言葉や概念ができあがるという説明がありました。
 
 甘利俊一氏(理化学研究所)による講演では、19世紀以降に数学の抽象化が進み、それが数学の進化につながった側面もあるが、数学の孤立にもつながっているのではないかという指摘がされました。数学は理解のための言葉であって、様々な科学を統合できる「数理科学」となるためには、既存の数学の応用だけでは十分ではなく、情報科学や生命科学などとの融合を目指す新たな数理科学が必要となる。そのためには数理科学の人口を倍増させること。「数理科学」の概念を確立させて、学科や研究科、研究センターなどの組織の形で保障すること、などの提言がありました。穏やかな中にもはっきりとした語り口で、大変印象に残りました。
 
 木村英紀氏(理化学研究所)による講演では、自然科学に基づかず、技術の生み出した新しい科学の存在を認知させることの重要性が紹介されました。これを第3の科学革命と命名され、自然を拠所にした自然科学だけではなく、論理に基づいた科学、それが数学であり数理科学であるという内容でした。ご自身がいつも熱く語られていることですが、改めて感銘を受けるとともに全く同感いたしました。
 
 北川源四郎氏(統計数理研究所)による講演では、統計科学が実世界の問題を解決するための様々の方法を提供していて、それが科学研究のハブを構成していることが紹介されました。異分野をつなぐ共通言語としての統計科学、あるいは「数理科学」の果たすべき役割の重要性が再認識できました。
 
 伊藤裕子氏(科学技術政策研究所)による講演は、「数(理科)学研究の推進は諸科学発展の要となるか」という演題で、数学と数理科学をはっきりと区別しているわけではないということで、数(理科)学というカッコ付きの演題になっていたのですが、それで数学の中に理科が入ると数理科学になるんだということに気が付きました。自然科学に基づかない科学として数理科学を捉えようとしているのに、自然科学との結びつきがあっての数理科学なのか、と考えさせられたところです。講演の中で使われた、数学と諸科学の関係を表した「ひまわりの図」(大倉典子氏による命名)は大変印象的で、北川氏の講演におけるハブの図とは見かけは異なるものの、同じ意識を共有されていることも興味深かったです。
 
 パネル討論は5名のパネラーによって、原 辰次氏(東京大学)の司会で行われました。いくつかの対立軸にもとづいた議論がされました。数学と工学、自然科学と数理科学、応用と基礎などです。必ずしも明確に区別できるものばかりではなく、議論がかみ合わない部分もみられました。その中でも印象に残った議論は、工学の価値は「役に立つかどうか」だが、数学の価値は「理論や体系が美しいかどうか」ではないのか、というものでした。本質を突いた表現ともいえますが、それぞれが二つの側面を持ちつつそのバランス感覚が問われているのではないかとも思いました。欧米などで見られるような異分野の研究者が集うフォーラムなどの異分野交流を、アカデミアの側がもっと自発的に動くことで行って欲しいという提言もありました。最近はわが国でも、そのようなシンポジウムなどが開催されて来ていますが、学界としてもこの動きを十分に受け止め、学術行政にもさらに寄与することが望まれているようです。行政の側に対しては、成果主義による評価が基礎研究においても主流になっていることを意識改革してほしい、という要望も出されていました。
 
 数理科学は、理学でも工学でもなく、これまでの制度には馴染み難いもののようです。横幹技術の根幹をなす技術かもしれない数理科学を、より一層認知させるためにも、大学に数理科学部あるいは数理科学研究科を作ることが必要ではないか、いや、是非作りたいと、帰りの飛行機でも大きく揺られながら思いを新たにいたしました。

このページのトップへ

【参加レポート】
共生コミュニケーション支援調査研究会シンポジウム

テーマ:こころを結ぶ共生時代にむけた技術戦略を探る
     −人と人、人と人工物をとりもつ共生コミュニケーションとビジネスチャンス−
日時:2006年10月14日  会場:中央大学 後楽園キャンパス(東京・文京区)
主催:横幹連合、精密工学会、日本感性工学会
企画:「共生コミュニケーション支援」調査研究会(横幹連合)/分科会(精密工学会)
プログラム詳細のページはこちら

 坂本 隆 氏
(産業技術総合研究所、日本感性工学会)

 秋も深まりを見せる10月14日(土)、横幹連合の共生コミュニケーション支援調査研究会による、ビジネスチャンスに焦点をあてたシンポジウムが、東京ドームに程近い中央大学後楽園キャンパスにおいて開催された。土曜日の開催であるにも関わらず60名以上の方々が出席され、研究成果をビジネスに結びつける技術戦略に、多くの方々が興味を持っていると実感された(司会は大倉典子氏)。
 まず、本調査研究会主査の井越昌紀氏による挨拶で、共生コミュニケーション支援調査研究会が発足した経緯と本調査研究の意義についての概要が述べられた。井越氏は独自の概念としての「ユビキタス共生」について説明され、共生コミュニケーション支援を考える上で欠かせない視点として、質的な満足感や喜びが得られる満足感を伴う「QOL」「機能」「感性」の3つのキーワードを挙げられた。そして、人間同士の共生と共に、機械、社会、環境との共生を視野に入れた、多様性を認める視点に基づく研究が必要であることを指摘された。
 
 シンポジウム前半は、認知、脳、福祉という3つの基礎的分野から、それぞれ独自の提案を含む3件の意欲的な講演がなされた。
 三宅なほみ氏(中京大学 情報理工学部)は、認知科学の立場から、大学における教育と学習を再構築する新しい試みについて講演をされた。まず、学んだ知識を「自分の経験に照らして理解すること」が学習や記憶の向上に結びつくと、実験データに基づいて説明された。ちなみに、通常の一方的に先生が話す授業で、一ヵ月後に内容を正しく要約できた学生は、ある授業でわずか2.2%だったという。このため、学生同士の対話によって自分の気づいていない知識を言語化し、知識を整理・確認するプロセス、すなわち学習の協調的コミュニケーションが必要となると指摘された。その結果、上述の数値は約16%に上昇したという。更に、協調学習支援ツールの導入で自己知識が形成できること、学生を対象とした実証実験では、ペアで活動することで理解が深まったことなどを報告された。最後に、協調的コミュニケーションを体験した学生は、「学習スキル」について学習でき、このことがビジネスの現場に出てから役に立ち、社会人として十分に活躍できる人材育成につながるだろうとの展望が示された。
 
 久野節二氏(筑波大学 人間総合科学研究科)は、高度情報化社会の変貌と効率化が心と体に与える影響について、脳科学の立場から分析をされた。氏の研究は、システム脳科学と分子生物的アプローチに基づいて、環境やストレスが脳の発生・発達に与える影響を、神経シグナル分子を用いた動物実験によって明らかにしようとするものである。まず、何かをするのに「時間が掛からない」ことは、人間にとって本当に良いことなのかどうかという問題提起をされ、快・不快などの場面に応じて、適応的に機能する脳の仕組みを解き明かすことの重要性を指摘された。そして、経験した気にさせてしまう「バーチャル的多様化」の問題点を指摘した後、感情が学業成績に影響することや、体を動かすことのできる豊かな環境ではニューロンが新生し、学習成績が促進すること。芸術経験を有する人は、一般の人と脳活動が異なることなどを例示された。便利さの裏で失うものについて再考する必要があるということで、技術開発の在り方についても一石を投じた。
 
 伊福部 達氏(東京大学 先端科学技術研究センター)は、情報循環論(サイバネティックス)に基づく福祉工学の立場から、身体感覚を活かした共生コミュニケーション支援について講演をされた。まず、マーケットを広げるためにユニバーサルデザインに注目が集まっているが、ユニバーサルデザインだけではカバーできない患者や症例については、未知の技術の創出が必要であり、それがバリアフリーの新しいマーケット開拓に繋がるとの指摘をされた。そして、福祉・医療技術と人間との関わりを、人間の中に人工物を埋め込むレベル、人間と接するように人工物を適用するレベル、人間と人工物とが離れて協調するレベルに分け、それぞれの実例が示された。期待されるイノベーションの例としては、認知行動科学とロボット技術の関係のような「知の連携」の必要性、人間と人工物(福祉技術によって考案される機械)との関わり方に「情報循環」が必要であることなどを指摘された。更に、そうした情報循環に基づくバリアフリー技術によって、自立、就労、余暇の恩恵を享受し得る障害者数をもっと増やすことができる、との展望が示された。
 
 小休憩を挟んだ後、シンポジウム後半は、より具体的な製品開発とビジネスチャンスに的を絞り、3件の興味深い講演がなされた。
 平井成興氏(産業技術総合研究所 知能システム研究部門)は、日本のロボット技術開発における成功例の一つとして、アザラシ型ロボット「パロ」の紹介と開発の裏話などを講演された。アザラシ型ロボット「パロ」は、メンタルコミットメント(あるいはセラピー)ロボットと呼ばれ、人とロボットの相互作用が心に及ぼす様々な効果を実証するプラットフォームとして期待されているという。氏は、生きた動物をアニマルセラピー使用することの様々な欠点をロボットが克服し、かつ生きた動物と同様の効果が得られることを実証するために、高齢者や障害者への評価実験を根気よく何年も続け、膨大なデータを集める努力をされたそうだ。また、「パロ」を用いたビジネスについては、製品化後の用途やユーザが、当初予想された「コミュニケーション」から様変わりして「癒し」の方向に変化して行く様子など、実際に開発に携わった方にしか分からない内幕が紹介された。さらに、アルツハイマー高齢者や精神疾患の患者と「パロ」の関わりをドキュメンタリーにした映画(フィエ・アンボ監督)の製作過程など、最新の情報が報告された。
 
 吉田健治氏(ビジュアルサイエンス研究所/法政大学 情報科学部)は、独自に考案した「Grid Onput」という雑誌などの紙媒体に対する全く新しいインタフェースを紹介し、どうすればビジネスチャンスが拡大するか、デモンストレーションを交えながら熱のこもった講演をされた。吉田氏は『紙でキーボードを作る』を合い言葉に、赤外線カメラでしか見えない2次元バーコードを印刷媒体に塗布し、商品情報や、紙面における位置情報(緯度・経度)、ウェブページへのリンク情報などを、印刷媒体に組み入れる技術を考案した経緯について解説。また、2次元バーコードを印刷媒体から読み取るための赤外線小型カメラ「グリッドスキャナー」を実際に用いて、当該デバイスを用いたショッピングの方法や、障害者向けアプリケーション、翻訳装置、メッセージ伝言装置、ゲーム、紙製カードを用いたインタフェースなどをデモンストレーションされた。この紙媒体をインタフェースとする手法は、情報機器を苦手とし、高度な機能を使いこなせない情報弱者であっても障害なく自然に使えるユニバーサルデザインに基づいており、また自らの意志でどんどん使いたくなる魅力があるので、様々な分野への応用と実用化が期待される革新的技術であると強く感じた。
 
 秋澤 光氏(中央大学 商学部)は、学術研究の成果をビジネスに結びつける際に、立ちはだかる事業リスクの「死の谷」をどう克服するか、経営学の立場から講演された。氏は、研究成果が製品化され、普及し、市場に受け入れられるまでに、死の谷が3つあること。すなわち、1)研究成果が事業案件あるいは創業案件として採用されるかどうか、2)製品開発から収益が出始めるまでの長期間の資金流出に耐えられるかどうか、3)製品が少数の先駆的で革新的な消費者だけでなく、品質や機能などにこだわる多数の消費者に受け入れられるかどうか、を指摘された。そしてこれらの死の谷の克服やロボット産業成功のための秘訣、商業化のリスクについて、顧客側とビジネスする側との共生コミュニケーションの立場から分析された。
 
 最後に、加藤俊一氏(中央大学 理工学部)をコーディネータに、講演を頂いた先生方のパネルディスカッションがあった。加藤氏は、価値観、ライフスタイル、知識や感じ方などの「多様性」、人と人、人と人工物の間でなされる情報やモノの「共有」、人と人、人と人工物の間の相互作用に係る「接点」をキーワードに、各先生方の講演を分析、質問された。また会場からは、ユーザの「自主性」をどのようにビジネスに結びつけたら良いか、という質問がなされた。これらに対し、先生方からは丁寧な応答と活発な議論がなされ、講演内容がより深く理解できた。
 
 今回のシンポジウムは、実問題に即した様々な社会的課題の中から、共生コミュニケーションとビジネスチャンスをテーマに催されたが、学術の視点から見ても、ビジネスの視点から見ても、非常に興味深い内容であった。閉会の挨拶で鈴木久敏氏(横幹連合理事)が、共生コミュニケーション支援調査研究会は横幹連合の中で最も活発に活動している調査研究会の一つであると指摘されたが、初めて参加した者にも、それが確かに感じられ、充実した内容のシンポジウムであった。本調査研究会の今後の活動に注目したい。

このページのトップへ