< CONTENTS >

■TOPIC

■COLUMN 1/2

■EVENT

< ARCHIVES >

■参加学会の横顔
掲載ページ

■横幹技術フォーラム
掲載ページ

■横幹連合ニュースレター
バックナンバー



■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:

*  *  *

【協力】
横幹連合 広報・出版委員会
    *  *  *
■横幹連合
 ニュースレター編集室■
武田 博直室長(VRコンサルタント、日本バーチャルリアリティ学会)
小山 慎哉副室長(函館工業高等専門学校、日本バーチャルリアリティ学会)
高橋 正人委員(情報通信研究機構、計測自動制御学会)
■ウェブ頁レイアウト■
稲田 和明委員(東北大学)

横幹連合ニュースレター

No.046 Aug 2016

 TOPICS

   1)横幹連合オープンデータ研究会(主査:岩崎学 成蹊大学教授、日本統計学会)が発足しました。 (COLUMN 1をご参照下さい。)

  2)会誌「横幹」が電子ジャーナル化され、J-STAGEより公開されています。 バックナンバーから最新号(第10巻第1号、2016年4月15日発行)まで無料公開中です。 詳細は、こちらをご参照ください。

 COLUMN 1

「オープンデータ」って !?

  横幹連合「オープンデータ調査研究会」

  「オープンデータ」という言葉を、最近よく耳にします。 「利用したい」という意見も多くあります。ところが、「どこにあるの?」「どの程度まで(公開が)進んでいるの?」ということすら、まだ良く分かりません。 そこで、このたび、横幹連合では「オープンデータ調査研究会」を設置することになりました。 この研究会では、横幹連合の「分野横断型」の特徴を活かし、様々な視点をもつメンバーが集うことで、今後のオープンデータについて議論できることを目指しています。
  先ずは、総務省の挙げたオープンデータの条件を見てみましょう。 ここでは、次の2つを満たすものを「オープンデータ」といえる条件を備えたデータ、と呼んでいます。
(1) 機械判読に適したデータ形式、そして、
(2) 二次利用が可能な利用ルールで公開されたデータ、です。
  これにより、「人手を多くかけずにデータの二次利用が可能」となることが指摘されています。
  ここで、(1) に挙げられたデータ形式については、Tim Berners-Lee氏(「ハイパーテキスト」の実装者で「Linked Data」の提唱者です)が示した5 ★OPEN DATA の考え方に基づいて、文末図のような 5つの段階があります。 PDF、XLS、CSV、RDF、LOD(Limited Open Data)の順に★から★★★★★と整理されています。(この他のデータ形式も、これらに準じて決められています。) 現在、政府では、★★★(CSV)以上のデータ形式で政府や自治体などのデータが公開できるよう努力しているところです。
  また、(2) の二次利用が可能であることについては、データの提供者が第三者の加工を認めるということになるので、(1) の技術の進歩や担当者の努力とは、かなり内容が異なります。 政府や自治体などのデータは国民の財産という考えがありますが、企業や研究によって集められたデータについては所有者の権利がとても強いので、ハードルが高く一般公開にはいたりません。

  日本に限らず,海外でもオープンデータの重要性が言われていますが、普及を図る際には、提供側、利用側が一緒に考えることが大事です。 それに加えて、教育の側面も考えていかなければなりません。 データを用いて意思決定を行うプロセスにおいて、オープンデータを活用することはとても意義のあることで、このことは社会に出る前に経験して身に着けておくことが重要です。
  ともあれ、横幹連合の「オープンデータ調査研究会」では、随時,メンバーを募集していますので、ご興味のある方は事務局までご連絡いただければと思います。

参考:「5 ★OPEN DATA」

 COLUMN 2

第47回横幹技術フォーラム 「第4次産業革命に向けたサービス科学の役割とビジネス応用に向けた課題」のご紹介

  採録・構成 武田博直 (横幹ニュースレター編集室長、日本バーチャルリアリティ学会)

◆総合司会 藤井享 (㈱日立製作所・横幹連合産学連携副委員長)
◆開会あいさつ 桑原洋(横幹技術協議会 会長)
◆講演1 「サービス科学の視点から見た高度技術社会の未来」
  鴨志田晃(横浜市立大学教授・新日鉄住金ソリューションズ㈱ 取締役)
◆講演2 「業務を支える ITからヒトを支える ITへ -AR・ウェアラブル技術の活用-」
  井上和佳(新日鉄住金ソリューションズ㈱ 専門部長)
◆講演3 「人・組織・社会の情報学・経営学・死生学」
  阪井和男(明治大学教授・明治大学サービス創新研究所所長)
◆講演4 「IoT x デザイン = あたらしいカタチのイノベーション」
  大川真史(㈱三菱総合研究所主任研究員)
◆パネルディスカッション
  パネラー:講演者の皆様
◆閉会あいさつ 鈴木久敏(横幹連合会長)   (敬称略)

  日時: 2016年5月31日
  会場:日本大学経済学部 7号館講堂
  主催:横幹技術協議会、横幹連合

プログラム詳細のページは こちら

  2015年11月7日、日本大学経済学部7号館講堂において、第47回横幹技術フォーラム「第4次産業革命に向けたサービス科学の役割とビジネス応用に向けた課題」が開催された。 大変に具体的で応用範囲の広い内容が講演されたが、中でも、阪井和男 明治大学教授は、「創発へのプロセス」(知の創造)を解説して、新規ビジネスを着想するといった企業のイノベーションにおいて、「複雑系」のアブダクションの連鎖(後述)が決定的に重要であることを明快に論証した。 同様に、他の講演でも大変に興味深い事例がいくつも紹介されている。最近話題の IoT(Internet of Things、様々なモノがインターネット上で情報発信源として繋がること)や、AR(オーグメンテッドリアリティ、拡張現実)の事例については、サービス科学の観点からも注目を集めているので、先ずはそちらから要約してご紹介したい。 なお、今回の技術フォーラムの全体コーディネートは、藤井享氏が行なった。
  さて、近年、サービス科学は「複雑系システム」の視点で研究されることが多いという。 こうした、サービス科学における研究動向は、どのようにして生じてきたのだろう。 最初に講演した鴨志田晃氏(横浜市立大学教授、新日鉄住金ソリューションズ株式会社取締役)は「サービス科学の視点から見た高度技術社会の未来」と題して、近年のサービスの提供技術やネットワーク環境に次のような背景が生まれていることを指摘した。
  サービス科学に複雑系の解析が有効と考えられている理由の一つは、ネット環境で、指数関数的な「情報爆発」が起きており、ビッグデータなどの統計的手法が使い易くなってきたためでもあるという。初期の 8ビットパソコンの代表 PC-8001のメモリ容量が 16kバイトだったことを思い出すと、現在のパソコンはそのほぼ100万倍の容量を扱える。また、南カリフォルニア大学の研究者たちの推定では、人類が西暦2000年までに蓄積してきた記録データは、総量でも12エクサバイト(1エクサバイトは、1テラバイトの100万倍)程度だったそうなのだが、シスコシステムズ社の調査では、世界のモバイルデータトラフィックは、2013年には月間1.5エクサバイトに達しているという。つまり、その年、1年間だけで、人類が30万年の間に蓄積した情報量を(バイト数で)超えていたことになるのだそうだ。さらに、大英博物館図書館の蔵書数は約1300万冊あるとされるが、こちらもバイト数(だけ)で比較してみると、世界の SNSの情報 0.05秒分でしかないのだという(注1)。
  こうなると、(自動車の歴史に例えてみれば、) T型フォードが生産されていた時代に、誰も今日の自動車の普及を予測できてはおらず、併せて、世界の交通事故被害が年間 125万人の死亡者数、2000万人以上の負傷者数に至っている(2013年のWHOの推計)という数字についても思いつくことができなかったのと全く同じことで、SNS の指数関数的な「情報爆発」を背景に新しいサービスが次々と開発されて行くこれからの全く新しい世界では、ビッグデータの人工知能による解析といった、かつて人類が扱った事のない分析手法を用いたとしても、SNSのこれから現出する将来を予測することは非常に難しい、と鴨志田氏は具体的な数字を挙げて指摘した。
  また、IPv6(Internet Protocol version 6)では、IPアドレスが 2の128乗個近く使える仕様になった。これが、IoTの進化の大きな背景となっている。このため、例えばの話として、国土交通省が架橋のボルトの一つ一つにセンサーを付ければ、橋の老朽化を日常的にモニタリングすることが理論的には可能になることを挙げ、「製造開発者」の側の都合ではなく「利用者・運用者の関心」を主軸に情報が可視化され、社会という複雑系に対して IoTが振動を与えて行くだろう、と鴨志田氏は論じた。
(注1)ここでは、飾り文字の美しい15世紀の「グーテンベルク聖書」(大英博物館図書室の蔵書の一例)と、「恥ずかしい大嘘自演バカキモいオタク豚顔ボロ負け童貞無職」などといった SNSの雑言の書き込みを、もちろん確信的にバイト数だけで比較している。しかし、近所の海岸で拾った貝殻が磨けば美しく輝くように、SNSの大規模データ集合は、ビッグデータとして解析すると見慣れない妖しい輝きを放ち始めてもいる。

  鴨志田氏と同様の視点を、講演4 の大川真史氏(株式会社三菱総合研究所主任研究員)も同様に強調した。大川氏は、「IoT x デザイン = あたらしいカタチのイノベーション」と題して IoTを中心に講演を行なったが、IoTは「単なる IT(Information Technology、インターネットによる経済波及効果)とは違う」と何度も強調した。IoTの活用で、メーカーの意図してこなかった製品の価値が白日にさらされる事態が生じており、これが、「ユーザーとの価値協創」であることを大川氏は強調した。ちなみに、氏は 2004年に発表された米国のバルサミーノ・レポート(注2)に衝撃を受けて、サービス・マネージメントの研究を始めたということである。
  さて、大川氏は、米国 General Electric社(GE、注3)の行なっている「あるサービス」を紹介して、今後のIoTの普及により、こうしたサービスのエンドユーザーへの提供が容易になることを指摘した。氏によれば、GEでは航空用エンジンの製造時にセンサーをたくさん付けており、そこから得られる情報を自社で多変量解析して、高度、回転速度、天候などの相関による最も経済的な、燃料を節約できる飛行計画を航空会社に直接提供しているのだという。もちろん、航空会社が飛行機を購入するのは航空機メーカーからなのだが、こうした GEの提供するサービスによって、特に、格安航空会社が航空機を発注するときに GE製のエンジンの付いた機体を指名することが多いという。これからは、エンドユーザーに必要とされる情報をメーカーがIoTなどの手段で取り込んで製品の付加価値とすることや、ユーザーに「その製品の使用価値」を見つけて貰ってユーザーとの価値協創で製品を開発する企業姿勢がメーカーには求められていると大川氏は指摘した。
  そして、こうした動向が世界的に顕著になっていることを、大川氏はドイツでの調査結果に基づき報告した。ドイツでも「Industrie 4.0」(ドイツ政府の提唱する第4次産業革命)は、ほんの1年前までは、工場がインターネットでつながってサプライチェーンを造り、標準規格による均質化と生産性向上を志向するといった効率化の話として議論されていたそうだ。しかし現在では、ユーザーとの価値協創、工場内の情報をスマートファクトリーだと考えて「見える化」したり情報間の「因果関係の明確化」を行なうことが主に志向されていると大川氏は強調した。ドイツでは、中世からのマイスター制度があって、地域の零細・中小企業群がそのまま官学と相互に連携して「地域クラスター」(産官学の集積)を構成しているのだという。また、世界的な研究施設も「地域に点在」しているそうだ。そうした研究施設や地元の大学では、地元の零細・中小企業がスマートファクトリーになって納期の短いエンドユーザー志向の開発ができるアプリケーションを開発することなどによって「産官学連携」の支援をしているのだという。こうして、世界的に定評のある高品質の工業製品が、更にユーザーに喜ばれる仕様となってドイツの各地域から生み出されていると大川氏は紹介した。
  このほかに、大川氏は、「ユーザー起点の新事業開発」としての「ユーザージャーニー・マップ」(注4)について少しだけ言及されかかったのだが、時間が足りなくなったのは残念であった。
(注2)米国で 2004年に発表された「イノベート・アメリカ」(通称バルサミーノ・レポート)と題するレポートのこと。米国が競争優位を保つために、研究開発によるイノベーション創出の推進や人材育成への投資促進、及びこれらのための政府予算の大幅増加が必須であると進言したレポートで、GDPや雇用の多くを占めているサービス産業に関連して、教育人材、研究開発、社会インフラの3つの側面からの「サービス・サイエンス」の振興を提唱している。
(注3)GEは、1892年に創業された米国の世界最大のコングロマリットで、売上高は約15兆円、従業員数は30万人を数える。エネルギー、医療、鉄道、金融サービスなどに多様な事業を行なっており、航空用エンジンの製造でも有名である。
(注4)「ユーザージャーニー・マップ」: 企業が、顧客視点に立った製品開発や改良を行なうとき、想定された顧客が顧客満足度のより高い体験(サービス)を受けられるようにするために、製品に関わる顧客の体験を可視化し、製品のデザインを工夫し、製品と顧客の関わる「ストーリー」をマッピングした資料を作成すること。製品と顧客のインタラクティブな関わりを利用者の視点から可視化することで、顧客のニーズやその都度の顧客の感情が明確に示される。こうした制作手法を取ることで、企業の開発者は「ユーザー体験に共感する」視点から製品の仕様を決定することができると言われている。

  さて、講演2 では、「業務を支える ITからヒトを支える ITへ ‐AR・ウェアラブル技術の活用‐」と題して、井上和佳氏(新日鉄住金ソリューションズ株式会社専門部長)が、現場での作業の実例などを紹介された。ちなみに、同社は旧新日鉄の情報システム部門から独立した実践的ソリューション企業である。売上高は、約2000億円。ユーザーの視点に立脚して、24時間365日×40年間の鉄の連続操業の実績を背景にした「業務アプリケーション・ソリューションズ」を、企画設計から開発・運用まで統合された一貫サービスとして提供しているという。ここでは主に、「AR」(拡張現実)を用いた実際の作業が紹介された。
  同社では、米国 Vuzix社とスマートグラスを共同開発しているそうだ。これは、AR向けメガネを、サングラス型(両眼3Dタイプ)にして、より軽く、光学透過型に、また、広い視野角、高精細にすることで、製造現場等での使用に耐えうる形に進化させているものだという(注5)。講演では、多くの使用例が映像で紹介された。作業者は(必要機材を身体に装着した)両手がフリーな状態で、この AR向けメガネを使用して効率良く作業が進められるという。(映画「ターミネーター」の一場面のように、)空中に、作業の視野をさまたげない位置にマニュアルが表示され、そこに見える部品の名称や必要な道具も確認できる。現場に必要な情報がその場で参照できるので、極めて便利であるそうだ。マニュアルの頁の検索は、自分が発話した言葉が音声自動分析で判別されるので、頁がすぐに表示できる。作業のデータは蓄積されて、ビッグデータとして作業分析が行なわれていると言う。また、作業者が見ているのと全く同一の眺めを、監督者が離れた場所からモニタすることで「監視・監督」もできるそうだ。このことから、作業の訓練用としても優れたシステムであることが推測される。全ての装置が、両手がフリーな状態で身体に装着できる(ウェアラブルな)仕様になっている事も見逃せない。
  ちなみに同社は、データ分析の権威ある世界大会「KDDCUP 2015」において、同社のグループ会社である株式会社金融エンジニアリング・グループ(FEG)と共に連合チームとして出場し、第2位という輝かしい成績を収めているという。この大会では、世界中から統計業務の実務家がエントリーして(2015年度の KDDCUPの「お題」としては)実際に行なわれている世界的な「大規模公開オンライン講座」(MOOC)に関して、参加者が統計的にモデル化して推測したドロップアウトユーザー数のモデルと、中国での講座で実際にドロップアウトしたユーザーの推移データを比較してその精度が競われたそうだ。24時間365日の製鉄の連続操業を支えた同社の実績が、こうした世界の実務家たちによる大会での第2位というすばらしい成績につながったのだろう。同社では、これまでのシステムの連続稼働の実績などをふまえて、例えば、システムの故障が人命に直接影響する病院での24時間の安全な病床管理などにも実績があるそうだ。
(注5)Vuzix社のスマートグラスについては、同社の 2011年のプレスリリースから引用した。余談だが、最近の「AR」という言葉は、スマートフォンのアプリに関して使用されることが多い。スマホのカメラを通して道路を見ると(原物としては、そこにいない)CGのかわいいモンスターがそこに見えて捕獲できるゲームアプリなどが、一般には「AR」の名称で普及している。

  最後に、講演3についてご紹介したい。近年、サービス科学が「複雑系システム」の視点から研究されている傾向については、本稿の冒頭にも記した。ところで、この講演で、阪井和男 明治大学教授は「創発へのプロセス」について詳細に論じ、イノベーション、つまり知の創造について驚くほど明快にそのプロセスを語った。そこでは、「複雑系」によるアブダクションの連鎖が決定的に重要な役割を果たしており、それは、零細・中小企業のサービス・マネージメントにおける創発的な目標達成だけではなく、大企業が次の世代の主力ビジネスになる新規事業を立ち上げるといった時にも認められる事実を、阪井氏は驚くほど明快に論証した。なお、今回の講演は「人・組織・社会の情報学・経営学・死生学」と銘打たれているが、その全体とする意味については後に述べる。
  ここからは、阪井氏が当日使用したスライドを、是非一緒にご覧になりながらお読み頂きたい。阪井氏は、経営学・組織論の研究者である桑田耕太郎 東京都立大学(現 首都大学東京)教授の論文「戦略行動と組織のダイナミクス」(「組織科学」Vol. 21 No.4 1988)を偶然に見つけ、これをカオス理論で解析することによって、「企業の戦略行動の自発的な変化が、どのようなメカニズムでもたらせるか」を見つけ出したという(スライド p.18)。これは、複雑系の科学における創発のビジネスプロセスの分析として出色の研究(注6)と言えるだろう。
  ここで紹介されているのは 旭硝子株式会社の事例だそうなのだが、明治40年に創業されたこの企業が、途中、多様な商品の開発を続けながらも、あるとき、「液晶用ガラス基板」という新商品を選択したことによって、それまでは「古い考え方の消極型」と「新しい発想の積極型」を行きつ戻りつしていた同社の戦略行動(p.19~21)が、突然「新しい発想の積極型」に安定した(p.33)という。つまりそこには、企業の新規事業開発のブレークスルーがあったというのだ。阪井氏は、長期にわたって活動している企業が、外部環境には急激な変化がなくても、特定の時点を境に戦略行動のパターンが劇的に変化して新しい時代に適応する姿について、このときカオス理論でそれを解析することに成功したのだ。(p.33掲載の戦略行動の「活性度のグラフ」には、是非、お目通しを頂ければと願う。)
  それでは、一般法則として、イノベーションや ブレークスルーの種は、どこにあるのだろう。「液晶ディスプレイがこれから売れるかも知れない」といった新市場に関する情報は、社長や会社組織の外部ネットワーク、そして何よりも現場担当者が接する顧客からの情報としてもたらされるという (p.39(78))。つまり、サービスフロント(顧客との接点)が、「カオスの縁」にあたると阪井氏は述べた。なぜなら、「カオスの縁」にあるのは「混沌」ではなく、そこに、あらゆる秩序が顕在しているからだという。このことは重要なので、繰り返して強調しておきたい。 カオスの縁にあるのは、あらゆる秩序なのだという。カオスの縁では「秩序」が重ね合わさって、あたかも混沌のように見えている(p.41(80))のだ。だから根本的な解決策が見つかる場所は、必ずカオスの縁なのだと阪井氏は述べた。


 < 図:創発へのプロセス >    

  イノベーションや ブレークスルーの種が必要な時に、企業では往々にして、既存の製品の延長線上に解決策を見つけようとする。しかし、(ここからは上図の「創発へのプロセス図」をご覧頂きたいのだが、)上図の左側に垂直軸として表現されている「対処療法」のところで、いくら推論を上下に往復して、「演繹による具体化(上)」「帰納による抽象化(下)」ばかり行なってみても、それは企業の既存のリソースの中で、あがいているだけなので、問題の根本的な解決には至らないと阪井氏は強調した(注7)。このような煮詰まった状態からは、例えば、議論するメンバーを少し入れ替えて、少人数で、部門外の人間や社外の人間も交じったリラックスできる喫茶店のテーブルのような環境に会議の場を移すと、不思議なことに、複雑系のアブダクションの連鎖(注8)が生じて、驚くほど簡単な根本治療の方法に思い至る場合が多いと阪井氏は断言した。本講演では、そのようなアブダクションの連鎖の実例を紹介するために「談話分析による創発プロセスの可視化」の事例を阪井氏が簡潔に紹介している。
  また、阪井氏は、ホモ・サピエンスの主要な性格因子に「創造性」(知的好奇心)が含まれていることにも言及された。それ故に、全ての企業が、イノベーションによる市場創造を継続的に行ない続けることが重要なので、そのことで組織が(生物と同じように)組織を構成する細胞(扱う製品)の新陳代謝を繰り返して、顧客の満足する製品を提供し続けられるのであると、阪井氏は、「シェーンハイマの動的平衡仮説」(ここでの説明は省略する)に基づいた情報観・経営観・死生観を印象深く述べた。(この内容については、阪井氏のスライドをご参照頂きたい。)
(注6)阪井和男「組織における戦略行動ゆらぎのカオスモデルによる解釈(ブレークスルーのスキーマ理論)」山本・鷹野編「ゆらぎの科学と技術 -フラクチュオマティクス入門-」東北大学出版会、2004年、pp.147-168掲載。
(注7)「創発へのプロセス図」についての阪井氏の説明は、新商品の開発という「創発性」で顧客の心を掴んできた企業が業績悪化したときに大規模なリストラを発表すると、例外なく株価が急落している理由を併せて説明している。リストラは「対処療法による経営の停滞」を招き、同時に、社内の現場担当者が気付いていた会社再生の好戦略(「カオスの縁」)を経営陣が知る機会を永遠に失わせるためである。従って、これらの企業では、経営陣の打ち出した新事業の戦略(事業転換の方向)を株主が納得したときに限って株価は回復するが、納得できなければ(株主が直観した通り)長期におよぶ業績の悪化(経営・株価の停滞)が必ず生じ、会社は吸収合併されるか倒産する。
(注8)本稿掲載の「創発へのプロセス図」で、対処療法の軸を上に登ることを、アリストテレスは「演繹」と呼び、下に下ることを「帰納」(枚挙法)と呼んだ。アリストテレスは、もう一つ「Apagoge」という重要な推論の方法がある、と言っていたのだが、この言葉の英訳「アブダクション」(日本語訳「仮説的推論」、他にリトロダクション「遡及推論」という別訳もある)については、誰も良く分かっていなかったらしい。この言葉の意味を、最初に明確に理解したのが19世紀米国の「天才」チャールズ・パースだったという。アリストテレスが言っていたのは、大前提と(あとで、ふと思いついた)結論(の仮説)を並べて考えると、そのとき思い付いた結論が正しいものだった場合には、その正しさを説明する「小前提」が併せて思い浮かんで推論が完結する、ということだった。パースの挙げた「遡及推論」の事例から一部を書き直して紹介する。【大前提】16世紀の教会では、神様は無謬なので神様が定めた惑星の軌道は必ず円を描いていると民衆に教え、人々もそう信じていた。しかし、ティコ・ブラーエが天文台を作って精密な天体観測データを取ってみると円に合致しないデータが多数見つかった。 ブラーエの弟子、ケプラーはブラーエのデータを数年間精査した。【結論】ケプラーが、ふと「それって楕円ではないのか?」と思いついた。というのも、円は楕円の特殊なケースだからだ。【小前提】ケプラーがブラーエの観測データを詳しく調べて行くと、楕円に合致していた。ここで、ケプラーがブラーエのデータから推論してケプラーの法則を発見した順番は、【大前提】【結論】【小前提】の並び順だった。【結論】、つまり決定的な解決策(仮説)は、最初の大前提には含まれていない内容である。ところで、論理的には、【大前提】【小前提】【結論】の順に並べたときに、始めて論理が完結する。だから、ケプラーの頭の中で【小前提】は、【結論】を思い付いた次の段階で、「今思いついた仮説は間違っているかも知れないけれど、もしもそれが正しかったと仮定すると、それを証明してくれる証拠が探せば必ず見つかるはずだ」と考えて、遡及的なつながりを探して導かれたものだった。「煮詰まった状態」での大前提が目の前に存在してみんなが困った困ったと壁にぶちあたっているときに、誰かが議論の場からちょっと離れて、モヤモヤとした外部にある情報群(カオスの縁)の中から、ふっと明確な解決策をつかみ出して、「いきなり思いついたんだけれど、こういう方法があるのじゃないか」と一緒に悩んでいた人たちに解決策を話してみんなが納得することがパースの言うアブダクションだった。パースによれば、その人が決定的な解決策(結論の仮説)を思いついた時には、「もっともらしさ」(plausibility)「検証可能性」(verifiability)「扱いの簡単さ」(simplicity)「むだのないこと」(economy)がその仮説には感じられる筈だという(参考資料: 米盛裕二著「アブダクション 仮説と発見の論理」勁草書房、2007年)。阪井氏も講演で、ハッとして気が付いてしまうと「この解決策をどうして思いつかなかったのだろう。不思議にすら感じられる」と思う筈だと述べた。大前提の中だけで「帰納と演繹」をいくら繰り返しても、アブダクションの推論をふまえると「そこではイノベーションは決して起きない」と阪井氏は断言した。(阪井氏は別の講演で、「PDCAをいくら回してもイノベーションにはつながらない」と表現している。)だから、アブダクションが「イノベーションを起こす唯一の推論だ」と阪井氏は言い切ったのだ。そして、阪井氏は、問題の「根治療法」(根治的な解決策)に至るには、一気にアイデアが湧いて解決策に到達する場合もあるが、何度かの小さなアブダクションを繰り返して(連鎖して)行きつくプロセスが多いことを指摘した。

 本講演の「開会あいさつ」で、桑原洋 横幹技術協議会会長は、AIやIoTには、新規事業創出の普遍的真理が隠れているのではないかと期待を述べた。「閉会あいさつ」で、鈴木久敏 横幹連合会長は、「アブダクションによる価値創出」は吉川名誉会長の人工物の科学でも馴染みの深い言葉で、『第5期科学技術基本計画』でも『未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出の取組』などの言葉で、その重要性が指摘されている。横幹連合も、10年前の『第3期科学技術基本計画』の時から既に提言を行ない、科学技術駆動型イノベーション創出能力の強化や知の創造と社会経済的価値創造の結合能力の強化を促してきた。IoTの上で新しい価値が生まれることを、横幹連合として今後も支援して行きたい」と述べた。最後に鈴木会長は、司会者と講師に迫力のある講演だったと謝意を述べ、盛況のうちに今回の技術フォーラムは終了した。    

 EVENT

【これから開催されるイベント】

●日本品質管理学会 クオリティトーク「東日本大震災と資格制度 地盤品質判定士」
 日時:2016年8月30日(火) 会場:日本科学技術連盟・東高円寺ビル5階研修室

●日本品質管理学会 第160回シンポジウム「開発・設計に必要な統計的品質管理」
 日時:2016年9月10日(土) 会場:日本科学技術連盟・東高円寺ビル2階講堂

●精密工学会 2016年度秋季大会学術講演会
 日時:2016年9月6日(火)~8日(木) 会場:茨城大学 水戸キャンパス

●ヒューマンインタフェース学会 ヒューマンインタフェースシンポジウム2016
 日時:2016年9月6日(火)~9日(金) 会場:東京農工大学 小金井キャンパス

●日本ロボット学会 第34回日本ロボット学会学術講演会(RSJ2016)
 日時:2016年9月7日(水)~9日(金) 会場:山形大学 小白川キャンパス

●日本感性工学会  第18回日本感性工学会大会
日時:2016年9月9日(金)~11日(日) 会場:日本女子大学 目白キャンパス

●日本計画行政学会 第39回全国大会
 日時:2016年9月9日(金)~11日(日) 会場:関西学院大学 西宮上ヶ原キャンパス

●社会情報学会 2016年社会情報学会(SSI)学会大会
 日時:2016年9月10日(土)~11日(日) 会場:札幌学院大学

●日本バーチャルリアリティ学会 第21回日本バーチャルリアリティ学会大会
 日時:2016年9月14日(水)~16日(金) 会場:つくば国際会議場

●日本オペレーションズ・リサーチ学会 OR学会2016年秋季シンポジウム
 日時:2016年9月14日(水) 会場:山形大学 小白川キャンパス  OR学会2016年秋季研究発表会
 日時:2016年9月15日(木)~16日(金) 会場:山形大学 小白川キャンパス

●日本情報経営学会 第73回全国大会
 日時:2016年9月17日(土)~18日(日) 会場:九州産業大学

●計測自動制御学会 SICE Annual Conference 2016
 日時:2016年9月20日(火)~23日(金) 会場:つくば国際会議場

●スケジューリング学会 スケジューリング・シンポジウム2016
 日時:2016年9月24日(土)~25日(日) 会場:大阪府立大学 I-siteなんば

●日本経営システム学会 第57回全国研究発表大会
 日時:2016年10月15 日(土)~16 日(日) 会場:札幌大学

●日本情報経営学会 第7回国際大会APCIM 2016
 日時:2016年10月20日(木)~22日(土) 会場:Sheraton Hanoi Hotel

●日本シミュレーション学会 JSST2016 - The 35th Annual Conference International Conference on Simulation Technology
 日時:2016年10月27日(木)~29日(土) 会場:京都大学 国際科学イノベーション棟

●日本経営工学会 2016年秋季大会(日本IE協会年次大会と共催)
 日時:2016年10月28日(金)~29日(土) 会場:教育会館

●日本リモートセンシング学会 第61回(秋季)学術講演会
 日時:2016年11月1日(火)~11月2日(水) 会場:新潟テルサ

●日本シミュレーション&ゲーミング学会 2016年度秋期全国大会
 日時:2016年11月12(土)~13日(日) 会場:名古屋工業大学

●精密工学会 ICPE2016 The 16th International Conference on Precision Engineering
 日時:2016年11月14(月)~16日(水) 会場:アクトシティ浜松

●「第7回横幹連合コンファレンス」
 日時:2016年11月18日(金)~20日(日) 会場:慶応大学矢上キャンパス

●日本リアルオプション学会 JAROS2016 研究発表大会
 日時:2016年11月19日(土)~20日(日) 会場:中央大学 後楽園キャンパス

●日本信頼性学会 第29回秋季信頼性シンポジウム
 日時:2016年11月24日(木) 会場:日本科学技術連盟 東高円寺ビル

●日本品質管理学会 第46回年次大会
 日時:2016年11月25日(金)~11月26日(土) 会場:名古屋工業大学

●行動経済学会 行動経済学会第10回大会
 日時:2016年12月3日(土)~4日(日) 会場:一橋大学国立キャンパス

●精密工学会、日本デザイン学会  Design シンポジウム2016
 日時:2016年12月13日(火)~15日(木) 会場:大阪大学 銀杏会館

  => 詳しくは 横幹連合ホームページの「会員学会カレンダー」
  【会員学会のみなさまへ】開催情報を横幹連合事務局 office@trafst.jpまでお知らせ下さい。