会長 安岡 善文

2つのTransdisciplinary

 北川源四郎前会長の後を継いで第6代の横断型基幹科学技術研究団体連合(以下、横幹連合)会長を務めることになりました。横幹連合発足から17年を経過し、社会が大きく変容しようとしているこの時期に会長をお引き受けする責務を認識し、横幹連合の新たな展開に努めてゆきたいと思います。宜しくお願いいたします。

 横幹連合は、その英語の名称にTransdisciplinaryという言葉を充てました。これは、これまでの細分化・専門化された学問分野を横に繋ぐことによって、新たな学問の地平を切り拓こうという趣旨からでした。今から60年前、政治学者の丸山眞男先生は、17世紀以降に学問の発展とともに細分化してきた学問をササラ型に対比してタコツボ型と呼びました。ササラ型はその根元、即ち細分化する前の数学や哲学、天文学が一つの体系として考えられていた時代に戻ることによって学をまとめられる可能性があるが、タコツボ化してしまった日本では、これを繋ぐ思想や学問的方法論が見つけられないのでは、と危惧されたものです(丸山眞男「思想の在り方」1957年)。丸山先生は人文社会系の学問の細分化を表現するためにこのような対比をされましたが、理学、工学の分野にもそれは当てはまる話です。

 実際、今日、我々が抱える地球規模での気候変動や生物多様性の減少、さらには、現在、極めて深刻な状況で進行中のコロナ禍の問題に立ち向かうには、一つの学問分野や学問規範では対応できません。対象とするシステムが大きくなり複雑になればなるほど、細分化した学問分野を横に繋ぐ必要があります。横幹連合は、もともと複数の学問分野に共通な方法論、例えば、計測学、統計学、システム科学などの考え方を核として、細分化した学問を繋ぐ新しい学の方法論を打ち立てることを目標として作られました。これが、横幹、一つ目のTransdisciplinaryです。

 もう一つのTransdisciplinary、これは国際的な学術組織であるICSUやUNESCOによって2013年に開始された新しい国際連携プログラムFuture Earth(以下、FE)の中核となる概念です。これまでの学問の方法論は、例えばInterdisciplinary Research(学際的研究)においても、学を横に繋ぐに際して複数分野の研究成果や方法論を組み合わせることに主眼が置かれていて、あくまでも学界内の連携でした。これでは、社会を巻き込んでその変容を促さなければならない社会的課題の解決はできないのではないか。これからは、研究の計画段階から、社会のステークホルダー(関与者)を巻き込んで研究を設計し(co-design)、社会とともに研究を行いその成果を共有し(co-production、co-delivery)、学界の壁を越えて社会と繋ぐことが必要、という考え方です。学界を越えるという意味で二つ目のTransdisciplinaryという言葉が使われました。日本学術会議ではTransdisciplinaryを超学際とも訳しています。

 二つのTransdisciplinaryは相反する概念ではありません。今日我々が抱える課題は、社会の変容なしには解決できないことも多く、如何に社会を巻き込んで研究を進めるかが鍵となります。FEはそれを目指していますが、ただそのためにどうすればよいのか、学問的方法論は確立していません。まだ手探りの状況にあるといえるでしょう。横幹連合の目指す学問の横断化による連携と統合が、FEの展開に向けた一つの学問的方法論を提供することは間違いありません。学問分野を横に繋ぐと同時に、学界を越えて社会と繋がる視点を持つ、さらにその視点から逆に細分化した学問を統合化する新たな地平を切り拓く、これが今、学問全体に求められている姿勢ではないでしょうか。

横幹連合の会員学会の皆さん、そして社会の皆さんとともに、その道を拓きたいと思います。